父の死後も母子で世界を目指すが、
“プロ”でも生計を立てられない現実

 中学2年のとき、父が突然、心不全で亡くなった。突然の死。母親にとっては想定しなかった出来事。しかし、あやめさんの生活は変わらなかった。レッスン費、毎週の上京費用、夏休みの宿泊費、滞在費のほか、舞台に出るときには衣装代などかなり高額な準備費用がかかる。これらを母親はすべて調達してくれた。父親が急死してからは、経済環境も変わったはずだが、世界を目指す母子の方針に変わりはなかった。母は生命保険会社に勤め、成績優秀なセールスレディになったという。

「父が亡くなって10日後くらいに、私は牧阿佐美バレエ団の東京公演に出ているんです。舞台に立っているとき親が死んでも気にするな、とずっと教えられていましたから、それが当たり前だと思っていました」

 新潟市内の中学を卒業したあやめさんは、東京にある日本音楽高等学校のバレエ科に進学した。高校を卒業後は当然のように、バレエ団に所属した。ユニセフが後援するニューヨーク公演にも、ダブル・キャストで参加し、ステージに立った。いよいよ、母親が夢に見ていた「世界の舞台で、わが娘が活躍する日々が実現する」時が来た。きっとそう胸をふくらませていただろう。

 しかし、当のあやめさんは、バレエ団に入って半年が過ぎた18歳から19歳に向かうある日、ふと現実に気がついて葛藤した。

「高校を出て団員になったら、海外に出て、プロとして生計を立てられるものと思っていました。ところが、そうではありませんでした。仕事ではなく、習い事にしかならない。それ以上、母親に負担をかけるわけにはいきませんでした」

 本人はプロのつもりだけれど、プロとはいえない。厳しい現実が待ち構えていた。

 大きな舞台に出るときは、大役を任される踊り手ほど公演費用の一部を寄付するのが暗黙の了解のようになっていた。あやめさんの母親もきっとそれを受け入れていたのだろうと知って、いたたまれなくなった。