植物の骨格物質CNFをナノ制御した
新素材を実用化
遠藤守信 特別特任教授
植物の骨格物質であるセルロースナノファイバー(以下、CNF)。それは生分解性で持続的に再生が可能な資源であり、また高強度・高弾性率で熱膨張による変化が少ない強化繊維としてさまざまな樹脂やゴム部材との複合化が検討されている。
日本では栽培野菜の茎や間伐材、竹など農林業から出される廃棄物の量は年間1億トンを超えており、産廃として処理されるトマトの茎等の焼却処理費は年間百数十億円もに達している。もしこれらの廃棄物からCNFが抽出され、強化繊維としての応用領域が広がれば環境に優しい高付加価値農業の実現に大きく前進する。
「知」の集積と活用の場による研究開発モデル事業・アドバンスドバイオカーボン(ABC)コンソーシアム 「森林資源を有効活用した革新的新素材の創成と応用の開拓」プロジェクトの共同代表を務めるのが、カーボンナノチューブの存在を初めて示した信州大学の遠藤守信特別特任教授と、東京大学の坂田一郎教授だ。「AプラスBによってα倍の革新的機能を実現するのがナノ複合化の目的」(遠藤教授)。
野口徹 特任教授
まず信州大学では、遠藤教授の他、野口徹特任教授、藤重雅嗣准教授らのグループが、CNFをゴムに混ぜた素材を開発することで、農業用トラクターなどが抱えていた課題を解決する可能性を拓いた。混ぜると言っても、単純に混ぜればよい訳ではない。CNFがゴムの基本繊維とどのように絡み合えば強度や弾性を高められるかを、まさにナノレベルで構造を制御する必要がある。
突破口となったのが、研究グループ内では「野口プロセス」と名付けられた混合法だ。CNFとゴムを一度混ぜてから乾燥させ、それをせん断して変形させると共に元の形に回復することを繰り返す。これによりCNFがほぐされ、ゴムの中に分散していく。「CNFがゴムの繊維に対して均質ではなく縞模様で、気泡が付着したかのように混ぜられ、その結果、いわゆるセルレーション構造によって高い機能が実現できた」(野口教授)。野口プロセスでは、1ミリメートルの100万分の1レベルで分子を制御できる。
高い圧力と高熱にさらされる石油採掘などの現場で、シール用ゴム部材として実績を上げている。今回の新素材は、例えば農機用のタイヤ、ベルト、各種シール材などに活用できる。従来のタイヤやベルトに高い強靭性と耐久性を与え、従来難しかった高い強度と柔軟性を併せ持つ新しい材料の誕生となった。
遠藤教授は、産官学連携により「基礎研究と実用化の間にある“死の谷”を超えた画期的な成果。技術の成熟度で見ても社会実装が可能で、CNFでここまでの成果を生み出せているのは特記されること」と語る。
「農業×テクノロジー」の領域は無限だ。世界有数の農業と工業の連携だ。そして夢に満ちている。未来はすでに始まっていると言っていい。
農林水産技術会議事務局 http://www.affrc.maff.go.jp/