「歩合給は近藤さんのせいです!近藤さんは『どうせ所長も本社も確認しないんだから』と言うのです。私は『止めた方がいい』と言ったのですが、彼女は全く聞き入れませんでした」

「ということは、計算が違うことは君も知っていたことになりますよね?」

 人事担当の隣で黙っていた所長が浅井に尋ねると、浅井は一瞬「しまった」という表情をして、しばらく黙りこんだ。そして浅井は、

「彼女は『会社に言ったら、死んでやる。私が死んだらあなたのせいだ』といって脅すので怖くて言えませんでした」

 と言い訳すると、号泣した。

 普段は静かで感情を表に出さない浅井の豹変ぶりと、全てを彼女のせいにして保身に走る言動に、人事担当者も所長も呆れ果てた。

 その後結論として、(1)定期代に関しては明らかに悪意が認められたため、本来は利息をつけて返還させることも可能だが、会社の温情により今回は過払い分のみの返還とすること、(2)歩合給に関しても前任の経理担当に悪意があり、浅井も知っていたとはいえ、会社のチェック機能も働いていなかったことから、会社にも責任があり、こちらも利息なしで返還することが決まった。

 定期代と歩合給の過払い分の返還にあたっては、話し合いの末、数回に分けて返還してもらうことになった。そして、人事部は浅井を主任から一般職に降格させるとともに、地方の工場へ異動する処分を下したのである。

 今回の件で会社は定期代と歩合給の過払いの再発防止のため、定期代は、購入時に領収書の提出を義務づけること、もし引っ越しをした際には住民票記載事項証明書の提出をすることに変更した。また、2つの過払い問題は経理担当1人が担当していたため、経理担当と直属の上長のチェック体制に変えたのである。

 この一件以来、M営業所では、浅井と近藤の話題でもちきりだった。中でも、所長はあの浅井の意見聴取の場での情けない姿を見て、ピンチに追い込まれた時に、その人の本性が現れることについて改めて気づかされたのである。あなたの隣りあるいは近くにそうしたトンデモ社員がいるかもしれない…。

補足情報:「定期代」と「歩合給」の返還についてのワンポイント!
法律では、「不当利得の返還義務」(民法703条)といって、正当な理由もないのに他人の損失によって利益を得た人は、その損失を受けた人に対して受けた利益を返還しなければならないと定めている。さらに、悪意があった場合には、「悪意の受益者の返還義務等」(民法704条)に基づき、利息をつけて返還すること、損害賠償の責任を負うことを定めている。

※本稿は実際の事例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため社名や個人名は全て仮名とし、一部に脚色を施しています。ご了承ください。