世界史の偉人たちを「すごい」と「やばい」の2つの視点から紹介する書籍、『東大名誉教授がおしえる やばい世界史』
今回は本書から特別に「フランス皇帝ナポレオン」のエピソードを紹介します。

「ナポレオン」のここが“すごい”!
国民に支持されて皇帝になり、ヨーロッパ統一をめざした

 フランス革命の後、フランス国内は大混乱していました。絶対的トップだった王を倒して自由になったはずの国民たちは、今度はだれが次のリーダーになるかでもめていたのです。

 ナポレオンは「田舎の貧乏貴族生まれ」というコンプレックスがあり、軍人として早く出世したいと思っていました。

 そこで政府の命令を受け、政府に反抗する市民に大砲をぶっ放して反乱をおさめ、わずか26才で軍の最高司令官になったのです。

 しかしその後ナポレオンは兵士とともに最前線で戦い、イタリア遠征でも勝利したので、国民の英雄として人気がうなぎ上ぼりに。

 30才になると役に立たない政府にクーデターを起こし、新しく政府を作って最高権力を手に入れます。そして35才のとき、国民投票で賛成約357万票、反対約2500票という圧倒的な支持率でついにフランス皇帝にまで上りつめたのです。

 戦争の天才で、アレクサンドロス大王のファンだったナポレオンは、ヨーロッパ全土の支配をめざして各国に侵攻。自分の兄弟をスペイン、オランダなどの王位につけます。

 一方で、国民を守るための法律も作りました。この『ナポレオン法典』は世界中の法律のお手本になり、日本の法律にも影響を与えています。

「ナポレオン」のここが“やばい”!
妻の浮気を悲しむ手紙が新聞にのる

 ナポレオンの6才年上の妻・ジョゼフィーヌは、連子がふたりいる30代バツイチでしたが、社交界でモテモテでした。ナポレオンは彼女が好きでしたが、彼女に愛はなかったようです。

 ナポレオンが戦地から一日4通も熱烈なラブレターを送り、「残酷な女よ!」とキレても、「わたしはひとりぼっちで遠いところにいる。君はすぐ来るだろう、ねっ、そうだろ!?」と泣き落としても戦地に行くことを拒否。パリで堂々とイケメンと浮気をしていました。

 浮気を知ったナポレオンは絶望し、兄に「家のことでとても悩んでいます。人間というものに、ほとほと嫌気がさした。心もひからびてしまった……と離婚を伝える手紙を送りました。その手紙が敵のイギリス軍に見つかり新聞にスクープとしてのせられてしまい、かれは大恥をかきました。

 ナポレオンはジョゼフィーヌと離婚し、オーストリア皇女と政略結婚しますが、再婚してから不思議とどんどん不幸になっていきます。ロシア遠征に大失敗し、その後島流しになり、自力で脱出して復活したものの「ワーテルローの戦い」でイギリス・プロイセン・オランダ連合軍にボロ負け。最期は孤島に軟禁されてさびしく亡くなりました。

 ナポレオンは亡くなる前にジョゼフィーヌの名前をよんだともいわれています。

※『ジョゼフィーヌ』安達正勝/白水社より

ナポレオン
生没年:1769年~1821年

身分:軍人、皇帝
出身地:フランス
軍人として功績をあげ、やがて皇帝となる。一時はヨーロッパ大陸をほぼ征圧したが、最後は敗北してしまう。

(本原稿は、東京大学名誉教授 本村凌二監修『東大名誉教授がおしえる やばい世界史』の内容を編集して掲載しています)