いま「刀剣」の人気が高まっている。
もともとは男性中心だったジャンルだが、そこに女性が加わって、一気に支持層が厚くなった。
きっかけは、刀剣を男性キャラクター化したゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』。2015年1月にPC版が、次いでスマートフォン版もリリースされた。さらにアニメや舞台などのメディアミックスが次々と公開され、多くの女性ファンを獲得した。いまや舞台は海外でも公演が行われ、その人気は日本国内にとどまらない。
9月29日からは、京都国立博物館で特別展『京のかたな』が開催されている。
『刀剣乱舞』に登場するのは「へし切長谷部」や「三日月宗近」といった名だたる名刀。キャラクターの性格や関係性は、それぞれの刀にまつわる実際のエピソードが反映されている。
となると「刀剣」の持ち主である、日本史の偉人について知っておきたいところ。
偉人の「すごい」と「やばい」に両面から迫る『東大教授がおしえる やばい日本史』から、今回は「へし切長谷部」の持ち主織田信長について紹介する。
「へし切長谷部」って、どんな刀?
刀鍛冶「国重」による名刀。織田信長、豊臣秀吉、黒田長政などの手に渡ったと言われており、代々筑前福岡藩主の黒田家に伝えられた。
「へし切」は「圧し切」のことで、信長が棚ごと茶坊主を圧し切ったという逸話が由来とされる。
織田信長のここが「すごい」!
室町幕府をほろぼし、天下統一にチャレンジした
究極のワンマン大名、それが織田信長です。戦を好み、せっかちで怒りっぽい一方で、ひじょうに頭がキレました。
信長は18才で父のあとを継ぐと、次つぎと戦に勝って尾張(愛知)を統一。そして27才のとき「桶狭間の戦い」で、わずか2500の兵で10倍の2万5000の今川義元軍に大勝! 華麗に全国デビューを果たしたのです。
イケイケの信長は、当時すっかり力をなくしていた室町幕府将軍家の足利義昭に「わしと仲良くしたら、将軍家がまたテッペンとれるようにしてあげますよ」と近づき、義昭を15代将軍の座につけます。でも義昭が「あれっ……わたし、あやつられてない?」と気づいて信長と対立すると、サクッと義昭を追放。こうして室町幕府は滅亡しました。
そこからはもう完全に信長のターン。海外から大量に仕入れた鉄砲で戦に勝ちまくり、商人が少ない税金で自由に商売ができる「楽市楽座」で経済を活性化します。そのお金でまた戦に勝ち、信長の天下統一は目前でした。
しかし49才のとき、旅の途中で宿泊した本能寺で、突然、家臣の明智光秀に襲われます。本能寺に火をつけられて逃げ場を失っても、信長は堂々としたものでした。そして「……。是非に及ばず」とつぶやくと、侍女たちを逃がし、自分は静かに切腹したそうです。