ゴール間際に成果を急いで失敗…
登山でも経営でも出会う「悪魔」

 パキスタンのブロードピークの7400メートルあたりで、小西氏は「ヒドウンクレバス(hidden crevasse)」に落下している。文字通り、雪で覆われて隠れているクレバスで、多くの登山家がここで命を失った。小西氏は入口付近で身体が引っかかって、奇跡的に一命をとりとめたが、ではなぜこのクレバスに落ちてしまったのか。

 そんなのたまたま運が悪かったんでしょ、と思うかもしれないが、小西氏はこれは自らの心の弱さが引き起こした「人災」だと考える。

 実はこの時、小西氏は無酸素で頂上へとチャレンジした後だった。先ほども述べたように酸素が平地の3分の1しかない地獄のような環境で、心身ともにボロボロとなり、どうにか7400メートルまで下ってきた。まさに這うように1歩1歩踏みしめていくなかで、ようやく最終キャンプが見えてきた。

 あそこまで行けば横になれる――。そんな風に、ホッとした次の瞬間、クレバスに落ちたのだ。なぜかというと、早くキャンプに着きたいという思いから、行きに踏んだ自分の足跡から外れて新雪に踏み込んだからだ。

 知っているという方も多いだろうが、高地登山では、クレバス落下や滑落のリスクを回避するため、先行する者が踏み固めた足跡(トレース)を辿っていく。だが、この時のトレースはヘアピンカーブのようにぐるりと迂回をしていて、新雪を3メートルほど進めばショートカットできたのだ。そこで小西氏は、キャンプが見えたという「安心感」から「これくらいの距離なら大丈夫だろ」と高をくくってしまったというわけだ。

 経験豊富なベテランクライマーであっても、極限状態に追い込まれ、目の前にゴールがあると気が緩んで、平時ではありえないミスをしてしまう、というわけだ。