「平成最後の年」が始まった。巷には、「平成という時代」を振り返る議論が溢れている。「平成は日本が悪くなった時代」という意見が多いようだ。「失われた20年」という言葉があるくらいだから、理解できなくもない。だが、気になるのは「平成を振り返る」と言いながら、実は「昭和はよかった」と懐かしむ意見が多いように思われることだ。
本稿はこれらの議論と一線を画したい。平成は「日本が悪くなった時代」ではない。「日本が諸外国並みに普通の国になった時代」と考える。そして、「新しい時代」を担う若者へのメッセージとして、「昭和を生きた老人の経験談など聞くな。新しい時代にはなんの役にも立たない」と伝えたい。
外国人と共に働き、学ぶようになったのは
「普通の国」になったということ
昨年8月、筆者は地元に帰省した際に、主に教育関係者を対象にした講演会を行った。その質疑応答で、「学校で外国籍など多様なバックグラウンドを持つ子どもが増えており、教員としてどう接し、教育したらいいか」という意味の質問を受けた。それに対して「まず、日本が普通の国になったという認識を持つことじゃないでしょうか」と答えた。
日本の地方に外国人が住み、職場で一緒に働く。その子どもたちが学校に入学して、日本人の子どもたちと一緒に学ぶ。欧米では、普通に見られる光景が、日本の地方でも当たり前になってきた。もちろん、文化の違いなどから、さまざまな問題が起こるものだ。日本人だけで暮らしていた頃には起こり得なかったことに遭遇するようになる。
そんな時、「面倒なことになった」とネガティブになり、動揺してしまいがちになる。だが、日本人だけで暮らしていた環境は特殊だったのであり、外国人と共に暮らすのは、日本以外では当たり前。日本の地方も普通になっただけだと知れば、少し気が楽になる。
「どこの国にでもあることだ」と考えて、外国人に対しても個人として接していけば、お互いの「違い」も理解し合えることがわかってくる。国籍の違いは関係なく「同じひとりの人間だ」とわかってくる。「これが正しい対応だというものはないが、まずは落ち着いて、丁寧に対応することが大事なことですよ」という回答をした。