新潟古町芸妓
昭和の時代、芸妓の恋愛は「道ならぬ恋」になる場合が多かったようです 写真:大杉隼平

昭和の芸妓を象徴的に描いた
恋愛小説『熱い雪』

 戦後を代表する芥川賞作家の三浦哲郎が、古町花柳界を舞台に『熱い雪』という小説を遺している。古町芸妓・雪弥を主人公とする悲恋の物語。東京の大学に通う新潟出身の学生と雪弥が料亭の一室で出会い、熱い恋に落ちる。昭和の時代、芸妓の恋愛は「道ならぬ恋」になる場合が多かった。成就するには芸妓をやめるか、正式な結婚をあきらめて陰の存在に甘んじるか、いずれかしか方法がなかったのだ。

 雪弥の恋は、やがて幻に終わる。この作品は、実はいまも古町で活躍する芸妓・扇弥さんをモデルにした小説だという。私は幸運にも、扇弥さんから作品誕生のいきさつを伺うことができた。古町のレトロな喫茶店で、扇弥さんは歯切れよい口調でこう話してくれた。

「『熱い雪』は、ほとんど実話です。私がお付き合いしていた方と近くで見ておられた三浦先生が書いてくださったのです。先生はおそらく、私たちが結婚すると思っていたのでしょう」

 雪弥こと扇弥さんの恋人が、三浦哲郎さんの大学の友人だった。その縁で、三浦さんはしばしば新潟を、そして古町のお座敷を訪れていた。

「結局、母に反対され、結婚はできませんでした」

 扇弥さんが、淡々と振り返る。母というのは、実の母の妹さん。幼い頃、扇弥さんは養女となり、養母が継いでいた「置屋の跡取り」の使命を担った。親同士が決めた運命。扇弥さんが抗う余地はなかった。生活の厳しい実母を、妹である養母が助けた形だから、扇弥さんは子どもながらに事情を察し、無言で受け入れた。まさかそれが、生涯でたった一度の真剣な恋愛を妨げることになろうとは、想像もしていなかった。

「芸妓さんの中には、もちろん芸妓をやめて結婚した方もたくさんいらっしゃいます。けれど、置屋の養女に、そのような自由は許されませんでした。いまも独身でいるのは、置屋の養女ばかりです」

 地元だけでなく、東京の政財界の要人に見初められ、政治家夫人、実業家夫人になった芸妓さんはたくさんいる。芸妓をやめ、上流階級の奥様に転進した女性たちの恵まれた第二の人生の逸話はいくつも語り継がれている。だが、花柳界で生きる宿命を持つ「置屋の養女」にその自由はなかった。恋愛をあきらめるか、子宝に恵まれてもシングルマザーとして生きる覚悟を決める以外に道はなかった。