レクサスLSの内装に使われている切子調ガラスは、どのようなプロセスでうまれたのか?旭硝子あらためAGCは、世界トップシェアを誇るガラスのほか、化学、セラミックスなどを手がける創業110年超の素材メーカーです。従来のB to BビジネスにとどまらないB to B to Cビジネスを推進するため、社内の研究開発の連携を深化させ、社外と協創するオープンイノベーションを活性化させています。そうした取り組みの一つとして、東京・京橋にあるAGC Studioで開催中なのが、ガラスの新たな可能性を見える化した展示「AGC Collaboration Exhibition 2018」。このコラボレーションをディレクションしたロフトワークの代表取締役・林千晶さんと、AGCの代表取締役専務執行役員CTO・平井良典さんとの対談後編では、レクサスLSの内装に使われる切子調ガラスや、自動車用UVガラスといったヒット商品の誕生秘話や、新たなガラスの活用法になりそうなアイデアについて話が広がります。(撮影:疋田千里)
株式会社ロフトワーク共同創業者・代表取締役
花王を経て2000年にロフトワークを起業。Webデザイン、ビジネスデザイン、空間デザインなど、手がけるプロジェクトは年間200件超。グローバルに展開するデジタルものづくりカフェ「FabCafe」、素材に向き合うクリエイティブ・サービス「MTRL(マテリアル)」、クリエイターとの共創を促進するプラットフォーム「AWRD(アワード)」などを運営。早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科卒。
林千晶さん(以下、林) 今回の展示から、「ガラスとは光である」という読み解きもできるな、と私は見ていました。ガラスという存在そのものではなくて、光をコントロールするインターフェースとして見ると何になるのかな、と。そういった点も、クリエイターと研究者だけでなく、マーケティングサイドも交えて再度お話しすると、今回の展示で生まれてきた視点が何だったのか言語化できそうです。
平井良典さん(以下、平井) 「こんなことができます」というところまでは発想できても、それを製品につなげるところは、お客様と議論して出てくることが多いですね。最近の事例では、レクサスLSの内装に、私たちが工業生産した切子調ガラスを使っていただいているんですが、それも「こんなのは作れるかな」といろいろなサンプルを用意して、お客様とお話ししているなかで行き着いたんですよ。我々だけでは、それを車のドアに付けるなんて発想は生まれなかったと思います。
林 アイデアの一つずつがすぐにうまくいかなくても、アーカイブ(保存記録)にしてためておけば、どこかで何かにつながるかもしれませんよね。早く、安く、たくさんの人とコラボレーションしつづけられるかが実は重要なのかもしれない、と思っています。今回は比較的一つずつきちんとキュレーション(情報の収集・分類・価値の共有・展示など)させていただいていますが、美大や建築学科の学生さんに毎年のように試作品を作ってもらって発信を続けていくことで、逆に「ガラスでこういうものはできますか」というニーズのリクエストも舞い込んだりするようなプロジェクトになるといいなと思いますね。
平井 最近、当社で強化しているB to B to Cのヒット製品で、自動車用のUVガラスがあります。これは当社の女性研究者たちの発案で開発された製品です。特に女性ドライバーのお悩みとして、車に乗ったとき窓側の腕だけすごく日焼けするという話からスタートしたんです。我々もこれまで、B to Bの顧客企業とはかなりコラボレーションに取り組んできたのですが、今後はB to Bの枠にとらわれず、最終ユーザーやクリエイターの視点をもっと取り入れていきたいなと思っていますね。そこは、私たちに決定的に欠けている部分でもある、と自覚しています。
林 あと、シースルーのガラスが展示されていましたよね。あれ、車に貼ったら面白いんじゃないかなと思って見ていました。というのも、35歳以下の若い方の挑戦を応援する、パナソニックとカフェ・カンパニーと手掛けている「100BANCH」というプロジェクトで出た面白い案のことを思い出して。「バスハウス」というアイデアで、バスを移動手段としてだけでなく、好きなところに止めて暮らせる空間に改造したものなんです。とびきり格好良くリノベーションして、さまざまに全国を移動しながら課題解決をして回りたいんだ、と。すでに、レギュラトリ―サンドボックス(一時的に規制を緩和してビジネスモデル構築を促す政策)で許可も得て、国土交通省がそれを家とみなせるか実証フェーズに入っています。
平井 今の若い方は旧来のような自動車や自宅の所有にこだわらない方も多いですし、面白いアイデアですね。
林 山の中や限界集落、都会などあちこち行く際に、このバスハウスの企画者らにとって重要なのは「眺め」だと言うんですよね。それで開口部にものすごい大きなガラスをはめていて、出かけるときは黒くしたり、コミュニケーションをとるときはインターフェースとしても使えたり、外を見たいときは普通のガラスになったり…と冗談みたいに話していたんですけど、そこにAGCさんのあのガラスをはめられるな、とさっき思って。
AGC株式会社代表取締役兼専務執行役員CTO
1987年4月旭硝子株式会社(現AGC株式会社)入社、2012年1月執行役員事業開拓室長、2014年1月常務執行役員技術本部長、同年3月取締役兼常務執行役員技術本部長、2016年1月取締役兼常務執行役員CTO技術本部長、2018年1月より現任。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。
平井 あのシースルーガラスは、まさにガラスを空間演出や表示に使えないかというニーズがあって開発してきたんです。普通のときは一般的なガラスだし、真っ黒にして光を遮蔽できるし、何か情報を映し出すこともできる、まさに言われるような機能をもつガラスです。
おそらくこれから5G通信が普及したら、オフィスに行って仕事をしなきゃならないということも減りますよね。95年にインターネットが登場し、さらに10年前にスマホが登場したことで、劇的に人間のライフスタイルが大きく変わりましたから、今回も同じように大きな変化があるんじゃないかと思っていて、そういう新しい時代に活用されたらと考えています。
林 それこそ車も自動走行になっていくでしょうから、全部ガラス張りにして、夜空が見られるようになったらすごいハッピーですよね。私は車には特段こだわりがないのですが、上が開くオープンカーで息子と買い物に行きたいという思いで車を購入したことがあります。でも実際に開けて乗ってみると、後ろがまったく見通せないという顛末だったんですけど(笑)、障害物なく外が見える開放感は何物にも代えがたいです。だから、オープンカーだけどガラスのシールドがかかっているっていう車があったら、個人的にも今すぐほしい!
平井 そう、車のガラスと言えば今は窓ですけど、今後は屋根になっていったりね。新しい価値がどう生まれるか、すごく興味があります。おっしゃるような車は、実際にモノを作らなくても、プロトタイプを作ってお客さんに持って行ってみると、こういう使い方ができるかも…と新たな提案につながっていったりしそうです。
グローバルな大量生産と少量多品種生産の両極をハンドルする
林 多くの企業では、安定的な既存事業があるなかで、海のものとも山のものともつかない新規事業に投資しようとすると社内の反発がうまれやすいと聞きますが、AGCさんではあたらしい事業に絶えず投資していく文化が定着している印象ですね。
平井 文化になっているかはわかりませんが、私が事業開拓部長のときも経営直轄でしたから、ほかの事業部門が何か異議を差し挟むということはありませんでした。今も(代表取締役である)私が主導しているので、やはり経営としてコミットしていて、社内的に文句を言う人はほとんどいないでしょう。結局、結果がすべてだと思いますね。最近だけでも、バイオ医薬品の事業や自動車用の内装ガラスの事業、半導体の製造プロセスの量産ラインに導入目前のEUV(極紫外線)フォトマスクブランクスなど、新規事業をどんどん立ち上げて会社に貢献することがわかってきているので、みんなが応援団になって、良いサイクルに入っています。
林 目に見えた成果が複数出ていらっしゃる効果は大きそうですね。
平井 この良いサイクルをもっと高速回転させるために、今取り組んでいるのは、サイクルに入れる新しいタネをもっと増やすことです。成功率が世にいう「千三つ(せんみつ。1000件中3件という程度の成功率の低さ)」なのに、最初に10の候補しかなかったら成功例が0になってしまいます。そのために、まず研究者の視野を広げる。それで直接的に製品がうまれるとは限らないけれど、こんなことができるんだ!こういう見方があるんだ!という新しい気づきが増えれば、新たな開発につながる可能性は結構高いと思っています。
林 そうですよね。しかも、これからは生産の単位が二極化して、グローバルで超大量な方向と、少量多品種の方向が、同時に広がっていくのが難しい点ではないでしょうか。グローバルな大量生産は世界的な企業にとって外せない事業であり、テクノロジーで世界をリードして価格競争にも負けないよう、徹底して効率的なものづくりの仕組みをつくることが大事になりますよね。一方で、多様化していく少量多品種生産も見逃せない動きなので、そこは小さい事業なりに赤字にならない仕組みづくりを、前者と同時に進めていく必要があるのかなと。しかも、先ほどおっしゃった“千三つ”のボツ案の中には、多様で高付加価値な製品アイデアのタネが含まれている可能性も高いので、それを見つけ出してグローバル化につなげられれば、企業としては非常に面白い挑戦にもなり得ます。
平井 おっしゃるとおりですね。ボリュームの大きい事業は、世界トップのメーカーとして絶対必要ですが、一方で、いま新しい開発途上で生まれている、少量でも超高付加価値な製品をたくさん手掛けていく――その両極をうまくハンドルしていく必要があります。それも後者については、単純なテーラーメイドでは手間がかかりすぎるので、今の3Dプリンタを高性能化したようなデジタル生産で効率的に取り組む。「こんなものができないかな?」とアイデアとデータを持ち込まれたら、「ちょっと待ってて」と30分後にプロトタイプを見せられるような世界を目指しています。
林 完成度の高いプロトタイプがあると、素直にきれい!ほしい!と思えるから、発案してすぐ見られるのは魅力的ですよね。最初のプロトタイプで「お!」と思わず写真を撮りたくなるようなものを作れる価値は大きいと思います。
ロフトワークでは様々な素材の可能性を探求する「MTRL」というサービスや林業に関するプロジェクトを手掛けているのですが、木とガラスというのも感覚的にとても美しい組み合わせですよね。非常に日本的でもある。こちらもコラボレーションできれば面白そうです。
平井 住宅も車も、内装にもっともっとガラスを使ってほしいんですよ。それには、見せ方がカギになると思っています。おっしゃるような木とガラスの組み合わせも面白いですね。木はそのまま使っていると劣化していきますが、ガラスそのものは4000年たっても劣化しませんし、両者を張り合わせることで空気や薬品などを通さず木を長くきれいな状態に保てて、機能としても見た目にも内装にぴったりだと思います。そういう新しいアイデアをどんどんお見せできたらいいですね。
林 木とガラスを張り合わせるって素敵ですね。ぜひ見てみたいです!これからも面白いコラボレーションが生み出せればと思いますので、引き続きよろしくお願いします。
平井 こちらこそ。どうぞよろしくお願いします!