終身雇用は合わない

 しかし、バブル崩壊とともにこのような牧歌的なイノベーション活動は難しくなった。企業の業績が悪化し、終身雇用と年功序列の仕組みが崩れ始めたことによって、サラリーマンの気持ちに余裕がなくなってしまったのだ。

 イノベーション型の産業で求められるのは、組織に規定されない個人だ。これは「起業家」といってもよい。今までの常識を打ち破る事業を立ち上げるのだから、業界の常識、今の顧客ニーズの理解、過去の成功体験などにとらわれずチャレンジできる人材が求められる。チャレンジには失敗が付きものであるから、その人材は達成欲が強く、何度も敗者復活を繰り返し、最後には逆境に打ち勝って新たな価値や事業を生むような強さが必要だ。

 では、そんな人材が組織内で縦横無尽にはつらつと動けるようにするにはどうしたらいいか。

 私は、中途半端な終身雇用や年功序列はもう撤廃するしかないと思う。中途半端とは、終身雇用を堅持しているように見えて、“肩たたき”で早期退職させ、その一方で基本的な年功序列をそのままにしていながら、実力主義をご都合主義で導入する──。実際、そんな企業は多いが、それではサラリーマンのモラルは下がる。

 実力主義は、個人の明確な評価基準とフェアな処遇が基本だ。真の実力主義となれば、組織の中で隠れていたやる気のあるサラリーマンが出現してくるはずだ。このようなサラリーマンは、「気楽な稼業」でもなければ「モーレツ」でもない、「起業家サラリーマン」とでも呼ぶべき新種だ。

 起業家サラリーマンが活躍できる組織には、終身雇用は合わない。終身雇用は、会社勤めの前半の昇給ペースを遅くし、後半に給料を高く設定することで長期にわたって企業への忠誠を誓わせる仕組みだ。だから、脂が乗っていて、果敢にチャレンジできる若い時期に生活が楽ではない。やっと昇進し、生活に余裕ができたころには、その先にはもう定年が見え始めており、チャレンジする気力は残されていないというジレンマがある。

 シリコンバレーでは、こんなジレンマなどあり得ない。

 20年ほど前、私と同年代の米国人の友人が失業し、手を尽くして次の仕事を紹介したことがあった。彼に急いで連絡すると、驚くような答えが返ってきた。

 「ありがとう。でも、その話は半年後にもう一度持ってきてもらえないかな。実は友人がヨットで世界一周するので、僕も便乗してオーストラリアまで行くことにしたんだ。その間に次の事業アイデアをじっくり考えることにするよ」

 最初は「人が心配しているのに!」と腹立たしかったが、そのときに気が付いた。シリコンバレーでは、会社勤めでも実力さえあれば、1~2年は収入がなくても耐えられるほど高い報酬が得られるケースも珍しくない。また、独身のうちに猛烈に仕事をして貯金をし、結婚後に余裕を持って次のキャリアに進む人もたくさんいる。