DV被害のシングルマザーと子が語る「社会はなぜ救ってくれないのか」
先日、千葉県野田市で女児虐待死事件は氷山の一角だ。夫のDVから必死で逃れたシングルマザーたちの叫びは、社会に届いていない(写真はイメージです) Photo:PIXTA

野田市の女児虐待死事件は氷山の一角
自らもDVに苦しめられる母親たち

 1月、千葉県野田市で小学4年生の女児が死亡した。女児は日常的に父親から暴力を受けていた。女児は小学3年生だったとき、学校のアンケートで、父親から自分と母親が受けている暴力について訴えた。しかし女児が記した内容は、教育委員会から父親へと漏らされ、最悪の結果に至った。2月4日には、父親の暴行を制止しなかった母親も「共謀」者として逮捕された。1歳になる女児の妹は、家族3人を失った。

 貧困問題の取材をしていると、高い頻度で夫のDVから必死で逃れたシングルマザーと出会う。子どもを連れて逃げることが辛うじて可能なケースもあるが、母親1人が逃げるだけで精一杯というケースも少なくない。なんとか生き延び、生活保護制度も利用しながら子どもを守ってきた3人の母親たちに、自らの経験と思いを聞いた。

 まず、3人が共通して指摘したのは「子ども自身の声を聴く」ことの重要性だ。

 マユさん(仮名・30代)は、夫に激しい暴力を振るわれながら、娘を妊娠し出産した。結婚前の夫は、優しそうな好人物だった。しかし夫は、マユさんの妊娠をきっかけに別人のようになった。血縁者や友人たちは、夫の暴力を恐れて去った。

 娘が生まれると、夫は乳児である娘への性的関心を口にし始め、娘が3歳になるとオーラルセックスをさせたという。マユさんは限界を感じて、娘とともに逃げた。娘は現在中学生となっており、紆余曲折の末、社会的養護のもとで育っているのだが、言いたいけれども言えないことがあるようだ。マユさんは、娘の生活環境を案じ続けている。

「子どもが虐待について誰かに訴えるためには、『決定的に見捨てられてしまう』という不安を乗り越える必要があります。結果として、セーフティネットを喪失することになるかもしれません」(マユさん)