圧倒的な量をこなすと
質が高まる「量質転換」

──起業を志したきっかけは。

じげん社長平尾丈Photo by M.K.

 社長になりたいという思いはそれまでもあったのですが、周りに同じようなことを考えている仲間がいませんでした。ただ、あるときテレビを見ていて、SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)の先輩が学生起業家として紹介されていて、自分もその道を行こうと思いました。

──で、実際にITベンチャーを複数立ち上げ、学生起業家として脚光を浴びます。

 大学4年間、修士も含めて6年間というレンジの中では、誰にも負けない、無敵だという自信がありました。今思うと、てんぐになっていました。

 というのも、学生時代に「1万人に会おう計画」というのをやったんです。経営者や芸能人、投資家、医者、政治家などさまざまな方に会いに行き、あれで視野が広がりましたね。外に出て大人に会ってみると、大人のレンジは広くて、優秀な人は本当に優秀だということを目の当たりにしました。

──1万人。ゲームもそうですが、まずは量を試すのですね。

 量が苦ではないんです。同じプリントをたくさん解く公文式の影響かもしれませんね。繰り返しが多くてなかなか前に進めないけれど、それによって強くなれる。まさに孫さんがそうですが、優秀な人が努力すると、本当に強いですよね。大学を卒業後にリクルートに入社しましたが、めちゃくちゃ働くしか先輩には追い付けないと感じました。とにかく量をこなすと質が高まるという意味で「量質転換」と呼んでいますが、それが自分のメソッドになりました。

 自分には量をこなすしか技がないので、そこから始めないと1位にはなれないんです。

──ゲームもそうですが、とにかく1位が好きなのですね。

 2位は1位と3位の間なので、相対的にパラメータ化しやすい。でも1位というのは、実力が底知れないでしょう。他のみんなが100なのに、1人だけ1万のやつがいるみたいなのが好きなんです。

 それに、1位は圧倒的に評価されるからです。私の体感では、2位では評価は2分の1、3位では3分の1になります。世の中が、1位が総取りするようにできているので、そこにこだわっているのだと思います。

 あと、子供のころ、一番になったときに父親が褒めてくれた記憶があるからかもしれません。「俺の子なのによくやった」というような言い方をしていました。

──お父さんとの関係は今どうなっていますか。

 父は、私が23歳のときに亡くなりました。身長が180センチメートルもあり、酒もたばこもやらず、ミカンの薄皮も絶対に食べないほどの健康志向の人だったのに、肺がんで53歳で死んでしまいました。

 最後に口を利いたのは、高校生のときにケンカしたくらいで、大学時代は会うことも減っていました。棺おけに入ったミイラのような父の顔を見て、父は自分に対してどんな気持ちだったんだろうと、初めて考えましたね。私が学生起業家としてメディアなどに取り上げられていたときの思いは、「よくやった」なのか「ジェラシー」なのか、聞いてみたかった。

 私とはちょうど30歳違うんですが、残り30年で自分は何を残せるか、考えるようになりました。

(構成/ライター・片瀬京子)

*「イノベーターの育ち方」は隔週連載です