しかし、なぜか日本では、村本さんを多くのジャーナリストや文化人が批判するのです。「勉強不足」「勘違い」などと言いながら、報道や討論の土俵に引き出して、槍玉にあげることも多いです。しかし、風刺芸人に政治の勉強など、本来は不要です。きっと本人も、何が起きているのかわからないまま批判に晒され、「活動の場を減らされてしまった」と感じているのではないでしょうか。

日本の言論から「風刺」を
奪った造船疑獄事件

 風刺芸と言うと、古くは東京乾電池や、平成の時代では爆笑問題が取り組み、それなりの存在感を出してきました。ただ、なぜ日本で風刺芸の存在があまり重視されていないのか、その理由はほとんどの方がご存じないと思います。それは、政治家の圧力です。

 1954年の造船疑獄の際、作詞・作曲家の三木鶏郎さん率いるトリローグループの風刺劇が時の権力者を激怒させ、ラジオ番組が即打ち切りとなりました。これが報道番組への圧力であればジャーナリストたちが全力で立ち向かったであろう状況です。

 しかし、風刺は違うと考えたのでしょう。大きな抵抗もなく、ただ番組はなくなってしまいました。今では誰も知る人がいなくなったこの事件を大きなきっかけとして、日本の言論は風刺という1つの武器を失うことになったのです。

 ユリ・ゲラー氏や村本さんの一件から、改めてそんなことを考えさせられました。もし、風刺が消えてなくなってしまうようなことがあるとすれば、それはジャーナリズムにとっての自殺と同じだということも、報道に関わる人たちは頭の片隅に置いていただくほうがいいのではないかと、私は思います。

 私のような「風刺家」がモノ申すのも、なんではありますが――。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)