フランシス・フクヤマ 著
(講談社/各3000円)
本書の前作『政治の起源』(上・下)で、フクヤマは政治が機能するには三つの政治制度、すなわち「国家」、「法の支配」、「政府の説明責任」が整い、これらがある種の均衡を持たなければならないと主張した。
彼の見解では、この三つにも優先順位があり、実効性のある強力な国家機構、次いで法の支配、民主的説明責任に基づく抑制の制度という順となる。今回の『政治の衰退』では、欧州、北米、アフリカ、中南米、東アジアなどの政治制度を三つの視点で分析していく。行き着く結論は、近代的国家制度に到達するには幾つもの経路があるということである。
フクヤマの評価が高いのは、東アジアだ。中国、日本、その他の東アジア諸国は西洋諸国と接する前に、強力な近代国家制度をつくり上げた。東アジアにおける政治的発展の原動力は法の支配ではなく、国家制度であった。特に、日本は、江戸時代(徳川期)にすでに強靭な国民意識を持っていた点、競争率の高い試験でふるいにかけられた官僚による統治機構が整備されていた点、そして戦争によってそれが鍛え上げられた点など、肯定的な評価が多い一方で、官の自律性が凶暴となって戦争に導いたことを否定的に捉えている。
中国の政治形態が今後どうなるのかも気になるところだ。自律性の高い共産党に率いられた中国の発展について、フクヤマは中国の体制がより自由な制度に向かって針路を変更する自律性を持てるかどうかに懸かっていると指摘する。すなわち、より自由な制度なら、もっと活発な経済競争を促すことで、社会全体に自由な情報の流れを認めることができる、という。
それにしても、自由民主主義という政治体制の何と普遍性のないことだろう。前段で述べた三つの政治制度と比較すれば、たかだか2~3世紀前に登場したに過ぎず、人類の政治秩序の歴史から見れば、ほんの一瞬に過ぎない。
さて、本書の中で評者が最も驚いたのは、ラテンアメリカにあるコスタリカだ。人口500万人に満たない小国だが、近隣諸国の中でもとりわけ裕福で、1人当たりGDP(国内総生産)は周辺国の3000~5000ドルに対し、1万2000ドルを上回る。その理由は、1949年に施行された憲法で、常備軍(軍隊)を廃したことにある。一国の政治を担う主勢力が、憲法のルールに従って敵対者だけではなく、自らの行動にも制約を課す。
この決断が政治を発展させ、経済成長にもつながった。数年前、「コスタリカの奇跡」という映画があったが、奇跡を支えているのは「法の支配」だったのである。
(選・評/A.T.カーニー株式会社 パートナー 吉川尚宏)