実は、サービスにおいて、提供者側が客を満足させようとすると、かえって客は満足しなくなるというパラドクス(逆説)が起こります。「満足させよう」とするサービス側の気持ちが透けてみえてしまうと、客は満足しないのです。同じように、相手を笑わせよう、信頼させようとすればするほど、客の気持ちは逆の方向へ向かってしまいます。

 これを「弁証法」と呼びます。

 もし鮨屋のおやじが、お客さんに笑顔で接し、喜ばせようとし、心を配って、満足させようとがんばったら、むしろ、提供者である鮨屋のおやじは客から「この人は私を喜ばせようとする意図を持っている」と受け止められます。

 そこに生まれるのは、上下関係です。

 提供者は従属する側──要するに立場が弱くなってしまいます。さらにいえば、自分に従属する人からのサービスは、価値が低く感じられてしまうものです。

 提供者側が満足させようとサービスすると、その満足はお客にとって意味がなくなってしまう。これは、サービスにおいて必ず発生する問題です。

 その点、鮨屋のおやじは、職人として「自分のために仕事をしているんだ。客のことなんか関係ねえよ」という姿勢を貫くからこそ、客がその価値をありがたく認める図式ができあがっているのです。

 同じく、カジュアルなイタリアンレストランも、スターバックスも、意味不明な言葉をメニュー表にちりばめることで、お客さんに対して「私たちのサービスはあなたにはわからないくらいすごいんだぞ」と主張しているのです。

 だからみずからの価値が上がるのです。

客にマウントし
客を拒否するサービス

 さて、ここまでご覧いただいたとおり、「客が喜ぶサービス」とは、必ずしもサービス提供者の愛想がよく、客のかゆいところに手が届くようなものを指すのではありません。むしろ、私は「サービスは闘いである」と主張したいと思います。

 その主張の背景に、この「弁証法」があります。先の項で「自分より立場が下の人からサービスされても、なんだかうれしくない」という趣旨を述べましたが、なぜそうなるのかをヘーゲルという哲学者の考え方を使って、さらに詳しく見ていきましょう。