デフレ経済突入時に消費増税である。これは日本経済を奈落の底に突き落とした。なぜ起きたのか。

 大蔵省は、時の首相や政権、与党の黒子役として、政権運営などを陰で切り盛りする一方、歳出抑制や増税など政治家の嫌がる政策も実現させる「政治巧者」である。

 1993年8月、非自民の細川連立政権が成立した。連立政党の思惑が違うなどで政治的に不安定だったが、大蔵省は政権の中枢に食い込み、消費増税を仕掛けた。

 1994年2月の国民福祉税騒動だ。これはうまくいかず、細川政権の命取りになった。

 同年4月に羽田内閣になったが、短命で6月に退陣し、社会党と自民党連立の村山政権になった。

 ここでも大蔵省は消費増税を仕掛け、ついに税率を3%から5%に引き上げる増税法案を11月に成立させた。

 1996年11月、自民党と社会党の連立で誕生した橋本政権は、村山政権の時に決まった消費増税を1997年4月から実施した。

 だが、1997年以降明らかに、それ以前に比べても景気は停滞したが、大蔵省はそれを消費増税のためとは決して認めなかった。

 今でも「定説」になっているのは、当時起きたアジア金融危機が日本経済の低迷の原因だというものだ。

 アジア金融危機は、タイから韓国などへと波及した。震源地のタイや韓国は確かに経済成長が急減速したが、その後の回復は早かった。

 だが、日本は震源地でもないのに経済が低迷し、その後も低迷したままだった。これは日本の景気が国内要因で低迷したことを示しており、その原因は消費増税以外には考えられない、と筆者は考えている。

リーマンショックで再び失敗
緩和遅れ「超円高」招く

 その後、金融危機などもあって、1999年度に税収は97年度と比べて、所得税収と法人税収の合計額が6兆5000億円もの税収減となり、失業者数は300万人を超えた。