たとえばプリクラで極端にデカ目にし過ぎてあまりに別人のようになると、「盛れ過ぎ」ということになり、「盛れていないのと同じ」とみなされる。

 加工を重ねるうちに急激に別人感が高まるポイントを著者は「盛れ過ぎの坂」と名付けている。ロボット工学で言うところの「不気味の谷」みたいで実に面白い。

 きわめて興味深いのは、女の子たちの美意識のあり方に日本の伝統につながる要素が見出せることだ。

 たとえば制服の着崩し方が流行ると、制服のない学校の子もあえて制服風の洋服を着るようになる。誰かが服の細部に変化をつけると、それを真似する子が現れ、するともう次のアレンジが生まれ……という具合に、次々に細部の流行が変化していく。女の子たちがコミュニティで共有される型(制服を着ること)を守ったうえで、それを破って個性を表現し、真似されたらそこから離れるというプロセスは、「守破離」の美意識そのものである。

「自撮り」はもはやダサい?
想像の遥か先を走ってる女の子たち

 セルフィー全盛の世にあって女の子たちの興味が「他撮り(他の人に撮ってもらうこと)」に向かっていること(「自撮り」はもはやダサいらしい)、女子中高生の間ではSNSを通じて韓国の女の子たちと国をまたいだコミュニティができていることなど、本書には初めて知る事実が満載だ。

 コミュニティと協調しながら、社会へのちょっとした反抗心を胸に、自分らしく新しいものを求め続ける。そんな女の子たちの軽やかな生き方に、世界が注目しはじめているのだ。こんな痛快なことがあるだろうか。「日本すごい」と言いたい大人たちは、謙虚に本書に学ぶべきだろう。女の子たちは、あなた方の想像よりも遥か先を走っている。

(HONZ 首藤淳哉)