世界最高レベルのホスピタリティと奇跡とも呼ばれるサービスは、一朝一夕にできたわけではない。リッツ・カールトンはどのように伝説のサービスを生み出す組織になったのか? ゼロから現在のリッツ・カールトンを育て上げた伝説の創業者が語る成功法則。この連載では、同社の共同創業者、ホルスト・シュルツの著書『伝説の創業者が明かす リッツ・カールトン 最高の組織をゼロからつくる方法』(ホルスト・シュルツ著/御立英史訳)の記事からその驚くべきストーリーやノウハウを紹介していきます。
ゲストに退去要請を行う権限をもつ唯一の人物
時折、私にはこんな声が聞こえてくる。「シュルツさんはそう言うけれど、絶対に無理な人がいますよ。喜んでもらうことなど絶対に期待できない人が、現にいるのです」
顧客が違法なことを望んでいる場合は、たしかに要望に応えることはできない。しかるべき機関に知らせる必要がある。そういう場合は、お客様を喜ばせることなど問題外だ。しかし、そういう例外を別にすれば、知恵を絞れば何かしら創造的な方法が見つかるものだ。
ホテルビジネスでは、きわめて稀にだが、あまりにも不愉快で投げ出したくなるようなゲストに遭遇することがある。世界に50以上あるリッツ・カールトン・ホテルだが、そのすべてにおいて、ゲストに退去要請を行う権限は私だけが持っていた。私が設けたポリシーで、その権限は誰にも委譲しなかった。
ある日、アトランタの支配人が電話をかけてきて、こう言った。「ホルスト、こちらに滞在10日目のゲストがいるのですが、毎朝私のオフィスにやってきては、あれこれ苦情を言い立てていきます。このホテルで私たちがすることは、とにかくすべて間違っていると言わんばかりです。それだけではなく、その人はクラブレベルのゲストなんですけど、女性コンシェルジュ2人の腕をつかむ乱暴をしたのです。彼女たちは当然、動揺しています。私からこのゲストに申し出て、お引き取り願ってもいいでしょうか?」
暴行罪で警察に通報するには物証に乏しかった。当のコンシェルジュ以外、暴力行為を目撃した人はいなかったし、セキュリティビデオにも映っていなかった。しかし、これは由々しき事態で、放置することはできなかった。そこで私は、マネジャーにこう伝えた。
「わかった、ではこうしてくれたまえ。
その1。その客が部屋を離れたら、ドアを二重にロックして、部屋に入れなくする。
その2。アトランタにある別のファーストクラス・ホテルに、彼の部屋を予約する。
その3。リムジンを待機させて彼の帰りを待つ。彼が文句を言いにきみのオフィスに来たら、こう言うんだ。“ジョーンズ様はこの10日間、私どもがさせていただいたあらゆることにご不満のようでした。すべてのお客様に喜んでいただくのが私どもの仕事なので、ジョーンズ様にご満足いただける別の方法をご用意しました! 別の素晴らしいホテルにお移りいただけるよう、手配させていただきました。すでに予約をしてございます。リムジンも待たせております。ご満足いただけるとよいのですが”」
マネジャーは私の指示どおりに行動した。当然というべきか、その男は烈火のごとく怒り、数分も経たないうちに私に電話をかけてきた。まくしたてる彼の話をさえぎって、私は言った。
「はい、その件は承知しております。この状況で何をさせていただくのが適切かを考え、私から支配人に指示を出しました。すべて私の考えで行ったことです」
「訴えてやる!」と彼は叫んだ。
「ジョーンズ様」と穏やかに私は答えた。「あなたが私どもを訴えれば、あなたが乱暴した女性が法廷に出て証言することになります。そこはよくお考えください」
相手は黙ってしまった。
この話には続きがある。6ヵ月後、フロリダ州ネイプルズのホテルの支配人から電話があった。「ホルスト、この数日、毎朝私のオフィスに来る客がいるんです。それだけではなく、彼はクラブレベルのラウンジで女性コンシェルジュの腕をつかんだのです」
「なるほど、ジョーンズ氏がお泊まりなんだね」。私は眉をひそめながら言った。
「どうしてご存じなのですか?」
私はアトランタの支配人に与えたのと同じ指示を彼に与えた。
後日、ネイプルズの支配人からの報告によれば、彼が「ジョーンズ様、私どもはジョーンズ様にご満足いただけるよう、あらゆる……」と言い始めたとたんに、彼は首を振りながら、「わかった、もういい」と引き下がったとのことだった。