TFP上昇率が0.9%以上になる確率
国民年金法・厚生年金保険法において、政府は少なくとも5年に1度、年金財政の健康診断に相当する「財政検証」を実施し、その内容を公表することが義務付けられている。2019年は実施年である。
今年3月に、厚生労働省の社会保障審議会年金部会が開催され、「年金財政における経済前提について」の報告および参考資料集が公表された。経済成長率の方向性を決定づける全要素生産性(TFP)の上昇率の違いに応じて、六つのシナリオも提示されている。
注目されるのは、TFP上昇率などの重要なパラメータについて、過去のデータに基づく度数分布が初めて掲載されたことだ。各シナリオが度数分布のどこに位置付けられるのかが分かる。
例えば、29年度以降のTFP上昇率が0.9%を想定するケース3を見てみよう。過去30年間(1988~17年度)でTFP上昇率が0.9%以上になった年度の割合は63%だという。
これだけを見れば、シナリオ3の想定は悪くないように思える。問題は、ケース3は毎年度のTFP上昇率が0.9%以上であることを想定しているので、0.9%を下回る年があれば前提が成り立たなくなるのだ。
しかも、毎年0.9%以上となる確率は63%ではない。各年度におけるTFP上昇率の確率変数は独立として、1年目のTFP上昇率が0.9%以上で2年目の同上昇率が0.9%以上になる確率は、0.63×0.63の39.7%だ。
29年度以降の50年間のうち、35年にわたってTFP上昇率が0.9%以上になる確率を試算したところ、わずか19.1%だった。つまり、TFP上昇率が0.9%という想定は、長期的に見て実現する確率が低いということだ。
なお、TFP上昇率が0.6%というケース5について同様の試算をすると、その確率は99.3%だった。
財政検証では毎回どのシナリオの妥当性が高いか論争になるが、政府は明らかにしていない。しかし、実現する確率を考えれば、ケース3より慎重なシナリオを想定する方が妥当なのではないか。
(法政大学経済学部教授 小黒一正)