まあ、これはどうでもいいエピソードかもしれませんが、今回改めて気づかされたことは、宗教アートと現代アートの間には、実は結構な未開拓市場が存在するということです。今回のスペインの「修復ミス」事件の本質も、ここにあると思います。この事件において、もっと力のある現代アーティストが、修復という名目で意図的にアート表現を試みていたとしたら、どうなっていたでしょう。

現代的美意識が生み出す作品は
歴史的アートよりも価値が高くなる?

 スペインの芸術保存・修理協会が問題視しているのは、スペインの歴史遺産の管理が法律で明確に規定されていないことだといいます。実は日本でも、問題が起きています。

 新潟県の名刹である国上寺が、本堂に「イケメン官能絵巻」を設置公開したという話です。イケメンをモチーフに日本画を描く木村了子さんの大作で、越後にゆかりのある歴史上の有名人物たちが官能的な姿で描かれた絵巻は、文化財である本堂の周囲に設置されました。住職のコメントとしては、「寺院と若者の距離がどんどん広がっていく中で、越後最古の名刹と言っていただいている寺院だからこそ、先頭に立って新しいことに取り組まないといけないと思っています」ということです。

 これまでも文化財の名刹で、襖絵を現代美術家が描いた作品を展示するといった芸術的な試みは行われてきました。しかし、事がサブカル的な領域に入ってくると、同じアートでもこれまでになかった議論が巻き起こるわけです。文化財に指定されてもいない普通のお寺の仏像が本格的に改造されたとしても、檀家は怒るかもしれませんが、法律上は取り締まることができないでしょう。

 さびれた山寺を外国資本が買い取って、テーマパーク型のホテルを開業するようなケースも、今後出てくるかもしれません。今回の事件は、将来起こり得るそんなケースの走りなのだと思うと、日本人にとって小さな問題だとも言えないように思えます。

 不幸中の幸いと言いますか、スペインで修復を担当した工房は、聖像の首の部分を取り替えてグリフィスのような美貌を備えた、完全なアニメ風フィギュアにつくり変えるだけの勇気はなかったようです。国上寺のイケメン絵巻も期間限定での公開で、それが終了すれば元に戻せる展示です。しかし、リベラルアーツがもてはやされる「現代的美意識」のもとでは、いつ次のゲリラ・アーティストが、どんな形で出てくるかわかりません。もっとエスカレートするかもしれないし、それが結果として、歴史的なアート資産よりも高い価値を生み出すかもしれません。

 そうした「未知の社会問題」を感じさせるのがこの事件だったと、私は思います。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)