実際に、所属部門がM&Aされたことで、活躍の場が広がったというケースもある(参照:ジリ貧の日本企業で普通の社員が生き残る3つのシナリオ)。とはいえ、やはり買収された側の人は立場が弱い。

 欧米の企業のように、買収する側もされる側も社員のバックグラウンドがもともと多様で、つまり、過去にいろいろな会社に勤めた経験のある人達が、同一の理念と戦略で統合されているような集合体であるならば、両社はまだ融合しやすい。しかし、日本企業の場合、新卒で入社して何十年と一緒に働き続けてきた同質化集団であり、その中でうまく立ち回る“あうんの呼吸”が必要とされる。その絆の中に部外者が侵入することは難しい。ほとんどの場合、ずっと外様として肩身のせまい思いをせざるを得ないのである。

人事からの評価も、身につくスキルも
弱小部門は「おいしい」

 しかしながら、個人レベルで考えてみると、弱小部門というのはデメリットばかりではない。会社からの期待値も低く、部門内の人間すら「どうせ負け犬事業」だと思っている。そのため、新しいチャレンジが全くなされていないことも多々ある。したがって、ちょっと成果を出しただけで十分に目立つことができる。

 さらに、マイナーな部門のほうが人事考課の点でも「おいしい」。企業では、各部門の上位何%をA評価、というように相対的に評価の出現確率を決めているところが多い。そのため、「デキる」人ばかりがしのぎを削る花形部門で上位の成績を上げるより、やる気を失った者が多数を占める弱小部門で上位に入るほうが簡単なのは自明だ。

 また、小さい部門は競合他社で同じ製品やサービスを扱う部門に比べて、相対的に人手不足である。よって、1人がカバーする領域が広い。これは、1つの事業全体のプロセスや勘所を学習する機会に恵まれているということだ。そして、予算も人も限られる。出せるのは知恵しかない。だから、他社にはできないユニークな製品やサービスにトライするなど、常に頭を使うことになる。真面目にやりさえすれば、力がつくのは当然だ。

 一昔前までは、社長は本流事業の御曹司として育てられた。ところが最近では、傍流が明らかに増えている。古くはゼネラル・エレクトリック(GE)のジャック・ウェルチ。キヤノンの御手洗会長、ソニーの吉田社長、コニカミノルタの松崎社長、花王の後藤元会長などは皆、弱小とまではいわずとも、少なくともメインストリームではなかった事業や子会社で功績を上げ、その後トップまで登り詰めている。

 工夫せざるを得ない状況で鍛えられ、事業の全体感を持ちやすいため、経営的な視点を若い頃から自然に身につけることができる。弱小部門では「経営能力の鍛錬」が可能なのだ。