鶏小屋で卵を取り出すマリアさんプッシュさんに見守られながら、鶏小屋で卵を取り出すマリアさん

 マリアさんは鶏の喧騒にも全く動じない。よく馴染んだ自宅にいるかのように軽い足取り。次は3頭のアルパカのいる部屋に向かう。

 ほどなくスタッフが、そのアルパカたちを連れ出す。大通りに面して普通の住宅の裏側は、畑や緑の木々ばかりがずっと続く。住人が1000人余りというから小さな町だ。200mほど先の放牧場でアルパカをつないでいたロープを放す。

 住宅に戻ると、プッシュさんがアルパカのいた部屋を指さし、「つい3ヵ月ほど前までは、この部屋には牛がいたのです。でも。牛を小さな牛舎に閉じ込めておけない規則ができたので、別の大きな農場に移した」と話す。動物愛護の規制が牧畜農家にも及んでいるようだ。アルパカは狭いところでもいいのだという。

リヤカーを引いて牛のえさを運ぶ入居者リヤカーを引いて牛のえさを運ぶ入居者(撮影・佐々木淳さん)

 70歳代の男の入居者がリヤカーを引いて1人で歩きだした。近くの放牧場まで牛に餌をやりに行くのだという。それだけではない。池で好きな釣りを楽しむのが本来の目的だ。趣味を堪能できる生活が許容されている。

 15羽ほどのアヒルを別の農場に連れていくため、スタッフと一緒に出掛ける入居者もいる。入居者たちと動物の交流場面を撮った写真をプッシュさんが次々披露してくれる。高齢者たちの笑顔が素敵だ。

 動物との「共生」だけではない。

調理をする女性女性陣が昼食の準備に取り掛かる

 昼時になると、キッチンのテーブルに入居者とスタッフの女性陣が陣取る。目の前の皿に積まれた野菜や果物の皮をむき、切り刻む。次々調理にかかる。大声で話し、笑いながらも手は休めない。包丁の手さばきはしっかりしている。
 
 入居者にとっては、今まで暮らしていた生活がここで再現されているのだろう。ちょっと大きな家族のような生活が息づいている。17人のうち半数は認知症ケアが必要といわれているそうだが、見ているだけではなかなか分からない。

 高齢者ケアの事業に乗り出す農家は、隣のオランダではかなり増えている。だが、ドイツでは初めての視察体験だった。しかも高齢者たちは日中のケア、デイサービスとして利用するのではなく、住みついている。引っ越してきた。オランダでの「農場ケア」は、私の知る限りいずれもデイサービスであった。

 集合住宅との組み合わせは異色の存在だろう。ドイツでは農業ケア自体も珍しい。世間の関心も高く、州政府の大臣がかつて視察に来たという。私たちが視察したその日にも、地元テレビ局のクルーが来てカメラを回していた。