しかし04年、私の取材を受けたある香港の立法会議員は、そのことに触れたとき、逆に「他人の助けを仰がなければならない香港が悲しい」と嘆いた。教育ソフトを開発する会社の社長は、香港の産業政策に対して「大財閥への利益誘導に成り下がっている」と手厳しく批判している。ICカードの会社の社長も「製造業の余剰人口を吸収できない産業構造が香港の苦境の原因だ」と、データをあげて説明した。

 政府系メディアに勤務するある公務員の幹部は「人々が懐かしむ黄金時代は、美しい神話に過ぎない。ダウンサイジングの生活に慣れるしかない」と、香港の将来に警鐘を鳴らしていた。

香港が直面する問題解決には
落ち着いた社会環境が必要

 香港返還10周年の2007年に、香港の秋葉原といったイメージの深水歩(シャンスイポー)のど真ん中にある9階建てのビルを訪れた。住所は桂林路115~119号となっているが、ビルには名前がなく、エレベーターもなかった。狭い階段は、大人2人が譲り合いながら辛うじてすれ違うことができる程度だ。

 その階段を上りつつ、タイムマシンにでも乗って1960年代に戻ったような錯覚に陥った。日本の4畳半より狭い部屋に、親子3人が住んでいる。仕切り用の鉄柵に段ボールや布をかけて、プライバシーを守るための壁としている。 アジアで日本の次に豊かとされる香港にも、いまだにこうした信じられないほどに貧しい居住空間がある。その現実に驚かされた。

 今の香港デモのテレビ報道を見ながら、これまで取材していた人々の生活と日常を思い出し、無力感を覚えた。ここまで述べてきたような、香港が直面する諸々の問題を解決するためには、落ち着いた社会環境が必要だ。そのために、秩序の回復と暴力の制止を効果的に実現しなければならない。香港当局は、自らの執政力を見せるべきところに来ている。

(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)