1つの会社で勤め上げると
アウェイには極めて弱くなる

 大企業のサラリーマンが長い間会社に勤めていると、その会社の中だけで通用するルールや考え方に染まってしまい、発想が極めて貧困になりがちだ。つまり一つの会社に長くいることで、自分が住む世界が狭い範囲内に限られ、社内の力学や人間関係の構築には長けてきても、世間の感覚に疎くなってしまうということなのだ。筆者の経験でも大企業ほど、そういう人は多いように思う。大企業にいる人間は会社の中では良いかもしれないが、一旦外に出てしまうと、途端に何もできなくなってしまうことが多いのだ。

 その会合以後、ある別の会合でこの話を披露したところ、大企業に勤めている定年前という男性数人から反論がきた。ある人はこう言う。「いや、そうかもしれませんけど、私なんか社内では結構冷や飯を食べてきましたから、ずっとアウェイだったんですよ」。

 残念ながら、この人はアウェイということの意味が全くわかっていない。組織に所属しているというのは収入や身分の保証、フリンジベネフィットに至る手厚いサービスを受けられるということだ。なにか失敗をやらかしても、ほとんどの場合、職を失うことはない。一方、アウェイで戦うということは、すべてのリスクを自分で負うということである。社内で冷や飯を食おうが、左遷されようが、そんなものはアウェイでも何でもないのだ。

 また別の人はこうも言った。「いや、私は営業をやっていて、外の人と接することが多いから、どんな人とでもすぐに打ち解けて話ができますよ」。実はこれも少し意味が違う。それは単に商売するために相手に合わせる技術が身についたというだけである。組織にいる限り、常に自分が所属する組織の看板を背負って仕事をしているのだから、どこまで行っても自分がアウェイの立ち位置になることはないのだ。

 一方、女性の場合は、多くの人が比較的多彩な立場を経験する。かつては学校を出て会社に入っても、結婚して退職することはよくあった。しばらく家で専業主婦をやった後に、再び働きに出ることもよくあることだ。残念ながら、今の日本の会社はまだまだ男性が重用される社会なので、女性の感じるアウェイ感は強いだろう。たとえ専業主婦になっても、夫の実家ではアウェイの存在で、それなりの処し方を強いられることになる。つまりどこへ行ってもアウェイの存在として戦い続けてきた女性に比べると、男性は常に「自分の会社」という“ホーム”で戦ってきたのである。必然的に男性のコミュニケーション能力や異なる環境、異なる文化への対応力は極めて弱いと言わざるを得ない。