林鄭月娥が「五大訴求」に
応えない限りデモは続く

 8月上旬、筆者はこれらの懸念や不確定要素を、人民解放軍の女性軍人(40歳)に香港の地でぶつけてみた。すると、次の答えが返ってきた。

「それらの不確定要素は存在するし、私たちも分かっている。ただ、中国はすでに米国から経済的、戦略的制裁を受けている。中国が現行の世界で政治的に孤立していることも今に始まったことではない。故に、それらは中国が香港を軍事的に沈静化させるのをとどまらせる要因にならない」

 筆者もそう思う。中国共産党が国際的な信用、尊重、協調ではなく、国内的な安定、メンツ、主権を一義的に考えて政策を実施してきた経緯は火を見るより明らかである。故に、この期に及んで香港という中国にとっての内政、そして主権問題が崩れるのを静観することは有り得ないだろう。実際に、中国共産党は一連の抗議デモ、とりわけ「光復香港、時代革命」をスローガンに香港警察と衝突してきた若い抗議者たち(とその行動)を「港独」(香港独立勢力)と公に定義づけている。

 そして、「港独」を裏で支え、指揮を執っているのが米国という「敵対勢力」であり、真の目的は「和平演変」、「色の革命」、すなわち、香港情勢を利用して中国共産党政権を転覆することだと認識しているのである。筆者自身は、中国共産党指導部は建前ではなく、本気でそう定義し、認識していると捉えている。そして、そんな党指導部の認識や定義は、約14億人の中国人民によって固く支持されている。

「中国民主化研究」を核心的テーマとする本連載の枠組みに照らして考えれば、香港という「外圧」は中国の民主化を促すどころか、これまで以上に唯我独尊にさせている。その過程で、中国人民はますます自由、民主、法治といった普遍的価値観から目を背け、場合によってはそれらを毛嫌いし、「やはり中国の体制や発展モデルが正しい」という結論を掲げるようになっていく。中国の台頭をめぐる負のスパイラルとはこのことを指すのだろう。

 香港情勢はどうなっていくのだろうか。

 筆者は楽観視していない。林鄭月娥率いる香港政府は香港市民と香港警察の間で“武力衝突”が継続的に発生し、香港社会の秩序が脅かされても「五大訴求」に応えようとはしなかった。それでは、「和理非」に裏打ちされた行動にも応えようとしないのか。筆者が見る限り、その行動は、林鄭月娥が「五大訴求」に応えようとしない限り延々と続いていくだろう。

 そのとき、習近平総書記は何を思うのだろうか。

(国際コラムニスト 加藤嘉一)


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[目次構成]
第1章 「急成長」中国の今昔
第2章 「良い人」日本の今昔
第3章 「覇権国」米国の役割
第4章 日中関係のゆくえ
第5章 米中関係のゆくえ
第6章 国を率いるリーダーたち――官僚と政治家