罪なき人を集団リンチ
日本の歴史に残る汚点

 実際、報道対策アドバイザーをしていると、「おかしな人にSNSでデマを拡散されていますが、法的措置を取るべきでしょうか?」なんて相談が今も非常に多い。10年くらい前、韓流スターを広告に起用しただけで、「反日売国企業だ!」とプラカードを持って押しかけられたり、経営者の顔がややエラが張っているだけで、「在日に乗っ取られた!」なんて大騒ぎをされたりという騒動があったが、実は今でも注目を集めないだけでちょくちょく起きているのだ。

 では、このようなネット自警団のかなりアバウトな「有罪認定」と、凄まじい「正義のリンチ」から、企業の皆さんはどうすれば身を守れるのか。

 危機管理の専門家の方たちからすれば、デマを拡散したSNS運営会社への通報などの初動が大事、というような話になるのだろうが、個人的にはそういう小手先のテクニックもさることながら、「過去の悲劇」から目を背けず、真摯に学ぶべきではないかと思っている。

「ネット自警団」と聞くと、ネットならではの匿名性が悪いとか、経済格差など根本の不満を解消すべきだとか、とにかく「現代社会」特有の問題と片付けられがちだが、実はネットが登場するはるか以前から、「ガラケー女」と間違えられてボロカスに叩かれた女性のような「犠牲者」は後を絶たず、まさに死屍累々である。

 もっとストレートに言ってしまうと、「デマ」に踊らされた「正義の人」が、なんの罪もない人たちをリンチする、というのは“日本人あるある”といってもいいほどオーソドックスな行動パターンなのだ。

 それをこれ以上ないほど雄弁に物語るのが、1923年(大正12年)に発生した、聴覚障害や発話障害のある方たちが相次いで襲撃された事件である。

 同年9月6日、東京都牛込区矢来町に住んでいた23歳男性が浅草から自宅への帰途、リンチにあって殺害された。当時の読売新聞(1923年10月5日)は、男性が卒業した東京聾唖学校の生徒も同様の被害を受けていることを、以下のように報じている。

「同校在学の生徒で生死不明の者が全生徒数の約半数に及んで居ると云ふが其他一般の唖者の中にも半殺しにされた者が多数あるのは甚だ気の毒なことである」

 と聞くと、大正時代にも相模原障害者施設殺傷事件(2016年)のようなヘイトクライムがあったのか、と思うかもしれないが、これは差別や偏見が引き起こした所業ではない。彼らを「半殺し」の目に合わせたのは、日本のため、社会のため、と行動をしていた「正義の人」だったからだ。