日本が世界へ向けて発信する際に気を付けるべきこととは? 世界のリバランスに日本がどう立ち振る舞うべきか、東アジア研究の権威であるハーバード大学のエズラ・F・ヴォーゲル名誉教授がいま日本人に伝えたいことを語り尽くしていただいた新刊『リバランス 米中衝突に日本はどう対するか』。発売を記念して中身を一部ご紹介いたします。聞き手は、香港大学兼任准教授の加藤嘉一さんです。
Question
今後の日本の外交政策についてはどうでしょう。日本は日米同盟と平和憲法を堅持しつつも外交的な役割を増やし、国際貢献も含め存在感や発信力を強化するべきだ、と指摘されていたことも以前ありました。
ヴォーゲル教授 第二次世界大戦終了後、日本はどちらかというと米国の“家来”あるいは“弟子”であった。「米国がどう思うか」を考えることが、日本外交の起点となっていた。今、米国は本来の外交戦略に距離を置いている。そんななか、日本はもう少し自由に、自分が考えていること、やりたいことに対して、積極的になってもいい頃だと思う。令和時代の日本外交の一つの特徴になるかもしれない。
戦後、日本人は全世界に向けて大きな発信をするような局面に出くわさなかった。常に低姿勢であった。それは良い意味でそうだったし、日本もそこから多くを得た。
ただ将来的に、米国は以前ほど全世界を監督・管理できるわけではなくなってくる。そういうなかで日本はどうあるべきか。日本外交にとっての課題だろう。米国が覇権主義をとる時代は終わった。日本とそんな米国との間には、多少の距離が生まれるだろう。ただ米国との良い関係は続けたい。中国の軍事費が、べらぼうに高くなる一方だからだ。日本に同等の予算は用意できない。だから、米国との同盟関係は続けることになる。ただそのなかで、日本はこれまでよりも大きく“動く余地”がある。「私はこう思う」と率直に意見を表明してよいのではないだろうか。
安倍首相はあと1~2年総理大臣を続けるのだろうが、過去15年間の歴代総理とは異なるようだ。総理大臣が毎年変わるようでは、外交ができない。その点、安倍は安定しており、外交ができる状況にある。
戦後、国際政治において真に物が言えたのは、吉田茂以降では中曽根しかいなかった、というのが私の意見だ。「何を言っているか、何を考えているか」をはっきりと伝えられる総理大臣がほとんどいなかった。中曽根は知識も実力もあり、外務省だけではなく、専門家の意見にも耳を傾けて考えをまとめていた。十分な準備と実力、そして自信があったから、何かを公に発表するとき堂々と物が言えた。安倍はこの点でまだ中曽根には及ばないようだ。でもぜひ頑張ってほしい。日本はこれから中曽根のような総理大臣を輩出できるか。真剣に挑んでほしい。
たとえば河野太郎(1963~)にそれができるか。小泉進次郎(1981~)にそれができるか。河野は米国で勉強して、英語もうまい。良い講演を数回している。私は彼に良い印象を持っている。非常に優秀で、外国で堂々たる講演ができる。中国との外交でも良い手腕を発揮している。彼が中曽根を彷彿とさせつつ、新しいリーダー像を作れるか。
私は自宅で塾を開いているが、そこに参加する日本人の学生は非常に優秀で、物事をよくわかっていて、学生同士の関係も良い。みな他人の話を聞いて、丁寧に接する。団結しやすい感じだ。ただ残念ながら、外国でそういったスキルはちょっと通じない。
というのは、日本人は国内で日本人に対してどういうふうに発表したらいいかはよくわかっているけれども、異なる文化を持つ人々に対して合理的に説明するのがうまくない。米国をはじめ、海外で発表する場合は、さまざまな文化的背景を持つ人間が多い。中国もそうだ。だから物事を説明する際に合理性を重んじて「1、2、3…」と発信する。そのほうが外国人には理解しやすい。それに堂々と物を言いやすい。
日本人の発信法はグローバルに見ると異質なのだ、ということを念頭に置かなければいけない。みな頭はいいのだろうが、それとは別の話だ。外国人に講演する際に、説明の仕方を含め、日本人は十分な準備をしていない。それは単なる原稿の準備ではなく、適性を育み、能力を蓄える準備を含めてだ。訓練が必要だ。先日も日本のある政府幹部の話を聞いていたが、何というか、弱くてかわいい感じだった。
今上天皇と雅子皇后はともに、外国のことをかなりよく知っている。天皇のことはよく存じ上げないが、雅子皇后はボストン時代に交流があり、非常に優秀で頭が良い印象だ。頑張ってほしい。もちろん政治家ではなく、天皇の役割は象徴になるけれども、日本の象徴として良い印象を国内外で発信してほしいと願っている。