日本では平成に当たる直近30年を「失われた30年」という自嘲的なフレーズでよく表現するが、ヴォーゲル教授の評価とは? 世界のリバランスに日本がどう立ち振る舞うべきか、東アジア研究の権威であるハーバード大学のエズラ・F・ヴォーゲル名誉教授がいま日本人に伝えたいことを語り尽くしていただいた新刊『リバランス 米中衝突に日本はどう対するか』。発売を記念して中身を一部ご紹介いたします。聞き手は、香港大学兼任准教授の加藤嘉一さんです。

Question
2019年5月、日本では元号が「平成」から「令和」に変わり、新たな時代に入りました。ヴォーゲル先生は、昭和5年に生まれ、昭和、平成、令和の日本と付き合ってこられたことになります。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が出版された1979年も昭和でした。その後、平成にあたる30年で、日本は経済力を中心に、国際的に緩やかに停滞していったのは国内外が認める現実ですが、先生はこのプロセスをどのようにとらえておられますか。

ヴォーゲル教授 日本において、昭和の終わりは、ずっと成長時代だった。したがって、平成に突入した1989年はまだ生き生きしていた。日本は強く、将来は安泰だ、という雰囲気があった。その直後にバブルが弾け、経済の面では停滞が続いた。ただ、日本人の国民生活は良好で安定を保ってきたのではないか、と評価している。

 昭和が始まったころは中国と紛争中であったのに対し、平成は完全に平和な時代から始まった。この事実が意味するところは大きい。だからこそ、昭和天皇は中国へ行くことはできなかった、と思っている。戦争の後遺症があって、それでも中国とは良い関係を作りたかったようだ。

 また、世界各国・各地における日本に対する印象や好感度は、非常に高いと思う。私は最近東南アジアを見て回ることが多いが、諸国から見た日本の印象は圧倒的に良い。対して、米国の評判は良くない。中国の評判も良くない。日本は平和的な国家だ、という印象が根づいている。これこそ平成時代の成果であり、この分野では日本の平成の時代は成功したと考えていい。平和の維持と追求という目的をきちんと持って、実際に持続的に実現させた。この点に関して日本は非常にうまくやった、と私は思う。

 もちろん日本に対して平和的な好感度を抱いているのは、東南アジア諸国だけではない。世界中で広く平和的で、良い国という評判を得ている、と言えるだろう。ヨーロッパの諸国も日本に対してそう考えていると思う。日本は平和を追求し、全世界で各国と仲良くしようとする国だと思われている。一方、米国は最近トランプ大統領の粗暴な振る舞いのせいで、問題視されるようになった。中国も、問題視されている側面が強い。

 明仁上皇の行動を見ても、それがわかる。私の記憶では、国内では全都道府県を2回ずつ、そして海外36カ国を訪れている。これほど各地を行脚した天皇はかつていなかった。天皇が各地、各国を歴訪したという一点からも、平成日本が平和国家として歩み、それが全国、全世界で受け入れられてきた事実を物語っている、というのが私の見方である。

Q. とはいえ、平成という時代を「失われた30年」と解釈、あるいは表現する向きは、国内外にあるようです。安倍首相が首相就任後「ジャパン・イズ・バック」という表現をワシントンで打ち出したのも、日本がもう一度這い上がるのだという気概を示したかったのではないでしょうか。少なくとも、経済力や国際的影響力を含め、平成の時代には足りない、もどかしい部分があり、そこを埋める、克服していきたいという思いが、多くの日本人にはあると思っています。先生から見て、日本が平成の時代にやり残したこと、日本はもっとこうすべきだったという反省点はありますか。

ヴォーゲル教授 私は経済の専門家ではないが、日本経済全体はそれほど悪くはなかった、と考えている。現在に至っても、日本社会は高度経済成長時代の恩恵を受けているし、中国市場で商業活動を行う米国の会社と日本の会社を比較してみても、日本の企業はうまくやっているのではないかと見ている。

 たとえば、日本の総合商社は世界各地に事務所を持っている。私のような学者が、たとえば内陸地の重慶市へ赴いて研究調査をしようという場合も、日本の商社に連絡をすればすぐに有意義な働きをしてくれる。日本の総合商社の代表は、経済だけでなく、地方の事情もよく知っている。そういう人たちと付き合いながら、日本の企業は長い目で見て中国で成功し、それを日本経済の安定と繁栄に活かせるのでは、と思わせてくれる。

 日本経済を“長生き”という概念で修飾してもいいかもしれない。そして、人々の生活は安定している。私が中国の友人に「今の中国はどうですか?」と聞くと、「経済はうまくいっている。中国は強い」と言うけれども、「どこに住みたいですか?」と聞くと、「できれば米国、カナダ、オーストラリアに住みたい」と言う。一方で、日本人に「日本はどうですか」と聞くと「日本は問題が多くてダメだ。少子高齢化も進んでいる」と愚痴るけれども、「どこに住みたいですか?」と聞くと、みな「なんだかんだ言って日本がいいね。日本に住みたいよ」となる。日本の国民生活が良い証拠だ。

 日本は、昭和の時代は戦争に負けて、その後の成長を謳歌した。平成の時代は平和のうちに始まり、たしかに成長は限られていたが、世界各国と仲良くしてきた。生活は安定し、社会の秩序は保たれ、人々は長生きし、医療制度も充実している。米国の場合は賃金格差が大きな問題となってきたが、日本はその点でずっと問題が小さい。総じて、平成はそれほど悪い時代ではなかった、というのが社会学者である私の見方だ。