作る側の理論ばかり8回にわたり述べてきましたが、ここを読んでいる人の中で、ハナから作る才能に限界を感じて「ああ、私にはダジャレは生み出せはしない……。聴く専門に回ってニッポンのダジャレの発展をバックアップしよう」という人も多いことでしょう。
もしくは「思い浮かぶことは浮かぶんだけど、まだ人に言う勇気がないなあ」と、いままでまったく人前でダジャレを発したことがなく、現状、人のダジャレを聞くばかりという修行中の人もいるかもしれません。
そんな、受け手としてダジャレに興味津々の2回転宙返りの方々用に、連載9回目のここらで息抜き的に、リアクション側の話しを、つのだ☆ご披露します。
美しい言葉のラリーは
ナイスレシーブから
ここで唐突ですが、テニスの試合。たとえば錦織圭がウィンブルドンで世界の強豪と戦っている中継を見ていたとする。勝ってほしいのは当然として、お互いが、返せそうもないスマッシュをリターンしつつ、ラリーが続いているのをみると興奮するでしょう。鍛え上げられた技と肉体のバトル。何事においても完成度の高い競演は、無条件に見る者を魅了します。
ウィンブルドンのセンターコートが、日本の会社や居酒屋に変わり、テニスボールが言語に変わってもそれは同じ。ラリーの美しさを求める人々の気持ちに国境はありません。そしてそのラリー自体、そもそも最初のナイスレシーブなしでは始まらない。ダジャレへのリアクションはまさにこのレシーブなのです。
まずはリアクションの方向性を大別すると次の4つになります。「笑う」「ツッこむ」「切り返す」「流す」。
「笑う」は、がっはっはとストレートにウケるのもありならば、好意的半笑い、嘲笑を含んだ笑い、虚を突かれたヒザカックン笑いなどいろいろ。
「ツッこむ」のパターンは多種多様ですが、どれも根底に流れる思想(笑)は「ちゃかしてお互いが遊ぶ」であり、お互いを思いやる人間愛が感じられなければ、それはたんなる攻撃と成り代わりますね。
「切り返す」は、「ツッこむ」よりさらにクリエイティビティが高い、インタラクティブの会話遊び。
「流す」には陰陽2方向あります。好意的か否か、意識は正反対でも同じリアクションとなっています。