ツッコミどころしかない中で満身にツッコミを受け、しかし反撃の“ふり“くらいはしなくては……そういう苦しさが見え隠れするような気がするほどの国側の反対尋問を聴いていると、原告が敗訴する理由は、見当たらないように思える。

 しかし、日本の行政訴訟の判決には、常に政治の影がつきまとう。今回、原告たちが勝訴すると、減額された生活保護費が当事者に支払われることになる。2013年に削減された年間670億円が、次の保護基準見直しまでの5年間積み重なると考えると、約3400億円となる。引き下げに伴う生活保護打ち切りや保護不開始の補償、関連した他制度への影響の回復、さらに事務費や人件費を考慮すると、総額は軽く5000億円に達するだろう。では、国に実際にその支出を行わせることは可能だろうか。国家賠償訴訟のこのような性格を考えると、判決についてはまったく見通しがつかない。

敗訴の理由は見当たらない
しかし勝訴を確信できない

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 私が痛感するのは、「日本を代表する社会福祉学者といえども、行政を中から変えることは難しい」という点だ。良心的な研究者は、おそらく一度は「政府の政策決定の中に入り込んで、政治を変えたい」と望むだろう。しかし、その実態は、日本を代表する第一人者である岩田正美氏をして「利用されたのかもしれない」と嘆かせるものである。

 障害者をはじめとするマイノリティにも、政府審議会や検討会のメンバーになることを望む人々は少なくない。しかし、岩田正美氏でも難しかったことが、障害者などのマイノリティにできるだろうか。私には、「不発に終わるのではないだろうか」と思われてならない。

 もちろん、無視されやすく権力も発言力もない人々の声を政治に反映する仕組みは、不要なわけがない。世界中で、方法の模索が続いている。

 ともあれ、名古屋地裁での次回の公判は、生活保護で暮らす原告たちの証人尋問だ。国側は、どのような態度で臨むだろうか。当事者イジメのような反対尋問が行われたりはしないだろうか。引き続き、不安と期待をないまぜに、成り行きを注視したい。

(フリーランス・ライター みわよしこ)