緑も、山というよりジャングルのような大自然が広がる風景ばかりになって、たまに現れる建物は基本どれも荒れ果てている。都心近郊にこのような景色があったのかと、本当に今から見に行く家は大丈夫なのかと不安になったものである。

 物件の周辺は住宅地で小奇麗な家が増え始めたが、それでも廃墟が結構な確率で見つかる。人気がないエリアらしく家賃の安さの理由にも得心がいった気持ちである。

 しかし案内された部屋は非常に奇麗だった。所々昭和的な風情が見られたがリノベーション済みで、リビングとキッチンはおそろしく近代的であった。妻はその点が気に入り、私は私と共依存のような関係にある飼い猫がのびのび過ごせそうなところが気に入った。

 2階に向かう階段の蹴込み板(踏み板同士をつないでいる垂直の板のこと)に洋書の本棚の壁紙が貼ってあって、釈然としなかったが、これは目をつむれる範囲内である。なお後日、最寄りのホームセンターでこの壁紙が安価で売られているのを目撃することになる。ともあれ話は早々にまとまって、妻と1歳の子、猫1匹を伴って移り住んだわけである。

 引っ越し後は片づけで何かとばたつくものだが、この引っ越しは落ち着くまでに3ヵ月かかった。それまでに5回の引越しを経験していたが、この6回目は群を抜いて大変であった。一軒家を整備し直す大変さ、と言い換えることもできる。

 全て挙げると3ヵ月分の作業を列挙することになってしまうので省略するが、例えば風呂と洗濯機の排水溝の処理は苦労した。古い家なので、それぞれの排水溝は床に奈落のような穴が開いているだけのもので、洗濯機はそこに排水パイプを直接突っ込むだけのシンプルな構造である。これだと排水管内から異臭や害虫がのぼってきてしまうので、最近の排水溝には排水トラップという、簡易的に水のバリアを張ってくれる装置がついているものが主流になっている。

 この排水トラップの設置に苦労したのである。業者を呼んで施工してもらってもいいが、パーツだけならホームセンターで安価に手に入るので、手弁当でやってしまおうと思ったのがまずかったのか。風呂の排水溝はサイズの合う市販のものがなかったので金ノコや水回り用パテを駆使して蓋を加工し、洗濯機は何度も洗面所を水浸しにしてはホームセンターに走って、ようやく水漏れしないところまで漕ぎつけた。この2つは完成に至るまでそれぞれ数日を要した。

 庭や玄関周りの草むしりも難儀した。若葉みたいなのがちらほら生えてきたな、と油断していたら気がつくと胸の高さくらいにまで雑草が育っている。野良猫が多い地域なので除草剤はまきたくない、とすればもう鎌を使ってむしるしかない。

 仕事と家事育児の合間を見ながら草むしりを1週間ほどかけて終え、土の部分に防草シートをかけてやっとこさピンを突き刺し、これで庭いじりから解放されたと安堵していると、翌朝シートが夜間の強風ですっかりめくられていて、どこかに飛ばされてしまっているものもある。庭はもはや呪いであり、腰を据えて付き合っていくしかなさそうな見通しである。

「田舎のおじさんは常に家の周りをうろついて家に関する何かをしているな」と子どものころ不思議に思っていたのだが、家のメンテナンスで家周りをうろつき、玄関を出たり入ったり繰り返している自分に気がついて、まさしくあの頃見ていたおじさんに自分がなっているのだと気がついた。

 あのおじさんたちは別になんとなくうろついていたわけではなく、必要に駆られてああしていただけだったのである。そう思ってみれば、どこのご近所さんも、メンテで何かと忙しそうにしている。一軒家を奇麗に維持するということは、多大なる労力を要することを知ったのであった。