乳幼児の食事と健康について、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで世界的に知られる研究チームを率いて、100本近い論文を発表してきたクレア・ルウェリンとヘイリー・サイラッドは、赤ちゃんの食事について、次のように語る。
「最初の1000日の経験が人生のほかのどんな時期よりも将来の健康と幸福に大きく影響することが、世界の科学者のあいだで広く認められています」「赤ちゃんがどんな食べ物を口にし、どんな習慣を身につけるかは、生涯にわたる影響をもたらすのです」
受胎してから2歳くらいまでのあいだに、どんなものをどのように食べてきたかが、「健康」「好き嫌い」「肥満」「アレルギー」など、その後の人生に大きく影響するというのだ。
では、何をどう食べたらどんな好影響・悪影響があるのか?「妊婦は何を食べるといいか」から「離乳食は何をどうあげるべきか」といったことまで、クレアとヘイリーはそのすべてを『人生で一番大事な最初の1000日の食事』(上田玲子監修、須川綾子訳)にまとめた。
本書において著者らは、母乳とミルクについて、科学的な観点からそれぞれのメリットを挙げ、どちらを選択してもよいと説きます。本稿では、母乳のメリットについて説いた箇所を一部紹介します。(初出:2019年11月2日)
さまざまなことが研究からわかっている
母乳だけで育てられた赤ちゃん(研究で対象となった赤ちゃんでは通常6ヵ月間)は、健康上さまざまな利点を得られることが研究によって立証されていますが、理由の詳細はまだ必ずしもわかっていません。こうした利点には短期的なもの(幼児期から小児期にかけて)と長期的なもの(思春期や大人になるまで継続)があります。ただし、短期的な利点を示す証拠のほうがやや明白だと言えるでしょう。
それでは母乳育児の利点について見ていきましょう。
「短期的な利点」は?
● 感染症にかかりにくくなる(通院の回数が減る)
● 下痢や嘔吐をしづらくなる
● 乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスクの減少
母乳が幼児期の感染症に対する予防になることについては確かな証拠があります。これはもちろん、風邪やインフルエンザ、下痢などにも当てはまります。
また、どんな量でも母乳を与えられた赤ちゃんは(まったく与えられなかった場合と比べて)、SIDSのリスクが36パーセント減少します(1)。別の調査では、部分的な母乳育児に対して完全母乳のほうが、予防効果が高くなる可能性が示されています(2)。
母乳はもっと一般的な病気を防ぐこともわかっています。赤ちゃんのすべての下痢症状の約半分と、呼吸器感染症の約3分の1を防ぐことができるのです。こうした感染症による入院を防ぐという点では、母乳の予防効果はさらに明らかです。推定では、下痢で入院したすべての乳幼児の72パーセント、呼吸器感染症による入院の57パーセントが母乳で防ぐことができると推計されています(3)。とくに2歳以下の乳幼児の耳の感染症は大幅に減り、これには赤ちゃんが母乳を飲む量と期間の両方が影響します。
6ヵ月間母乳だけで育った赤ちゃんは、母乳と粉ミルクの混合栄養か粉ミルクだけで育った赤ちゃんよりも、2歳までに感染症にかかる確率が43パーセント低くなります。また、母乳を与えられたことが「一度でもある」赤ちゃんは、「一度もない」赤ちゃんより33パーセント低くなり、これは3~4ヵ月間以上「何らかのかたちで母乳を与えられた」赤ちゃんと同じ結果です(4)。
「長期的な利点」は?
● 小児白血病発症率の低下
● 肥満リスクの低下
● 知能の向上
母乳が長期的な健康状態とどのように関連しているかを理解するのはさらに複雑です。すでに述べた多くの問題によって、幼い時期の授乳と何年も先の健康状態を結びつけることは難しいからです。
1:「小児白血病」のリスクが下がる
ある研究レビューは、何らかのかたちで母乳を6ヵ月以上与えられた赤ちゃんは、母乳を一切与えられなかったか、6ヵ月未満しか与えられなかった赤ちゃんよりも小児白血病のリスクが低くなると結論づけています(5)。
推定では、6ヵ月以上母乳を与えることで白血病の症例の14~20パーセントを防ぐことができ、一度でも母乳を与えることで9パーセントの症例を防ぐことができたと見積もられています。この数字は所得が高い国でも、低い国でも同じでした。
このレビューの執筆者は、母乳の生物学的特性は防御機能に寄与することかもしれないと述べています。粉ミルクとは異なり、母乳には強力な免疫システムの発達を促し、健康的な腸内細菌叢(腸内に生息するバクテリアの集まり)を育み、炎症を抑える数多くの有効成分が含まれています。
ただし、こうした形式の研究では、母乳そのものが本当に白血病を防ぐのかどうかを確かめるのが困難だということも忘れてはいけません。これらの研究は、白血病と診断された子どもの母親に対して、授乳の状況を思い出してもらうことに頼っているからです。しかも、授乳をしていたのは何年も前のことがほとんどです。
つまり正確に思い出すのが難しいだけでなく、母親の回答には、子どもの病気に対する母乳の影響について、主観的な思い込みが差しはさまれる可能性もあるのです。
2:「太りすぎ」を防げる?
別の研究レビューは、どんなかたちでも母乳を与えると、太りすぎと肥満が13パーセント減少すると推定しています(6)。
ただし研究者たちは、所得の高い国で行われた研究では、長いあいだ母乳を与えられている赤ちゃんは、所得や教育のレベルが高い家庭の生まれである可能性を排除できないと断っています。実際、ブラジルのように、収入や教育のレベルが母乳を与えている割合と関係のない国では、母乳でも粉ミルクでも、子どもになってから太りすぎや肥満になる割合に差は見られません(7)。
つまり、母乳とその後の太りすぎや肥満との関連性は明らかではなく、研究によって結びつきが見出された場合は、母乳で育てた母親とそれ以外の母親のあいだにある、ほかの差異を反映しているだけなのかもしれません。
おそらく、太りすぎと肥満についてはほかにもっと重要なリスク要因があると思われます。
赤ちゃんの成長は何をどう与えられたかによって左右されます。また、両親の体重もリスク要因になります。たとえばイギリスのある研究は、健康的な体重の両親のもとに生まれた子どもは、わずか2パーセントしか肥満にならないのに対して、両親がともに重度の肥満である場合、子どもは35パーセントが肥満になることを突きとめています(8)。