発売直後からAmazon1位(ビジネスとIT/モバイル)を獲得するなど大きな話題を呼んでいる『TikTok 最強のSNSは中国から生まれる』。前回に続き同書より、より「TikTokが世界最強のSNSとなる5つの理由」を解説していきましょう。1つ目の理由は、TikTokが「テキストから動画へ」という長期トレンドに適合していることでした。今回はそれと同等に重要な、「検索からレコメンドへ」という長期トレンドを紹介します。
TikTokでは、好きなコンテンツが「何もせずに」「次々と」出てくる
TikTokが世界最強のSNSになり得る理由の2つめは、その「レコメンド機能」の強さです。
TikTokというアプリの最大の特徴の1つは、ユーザーが「自分で動画を探さなくてよい」ことにあります。バイトダンス社が誇る強力な機械学習の技術が、視聴者ごとに最適化された動画をお薦め(レコメンド)してくれるのです。そしてユーザーがTikTokを使えば使うほど、その精度は高くなります。
加えてTikTokは、「画面をスワイプするとすぐに次の動画になり、動画終了後には自動リピート」と、ユーザーに次々と動画をみせる連続性にも長けています。
動画メディアにとって、この「ユーザーが連続して視聴してくれるか否か?」はとても重要な指標です。
ほかのサービスでも、たとえばNetflixのユーザーであれば、この「連続視聴」を強く意識した仕様の強力さを体感しているはずです。たとえば連続ドラマのコンテンツであれば、1話をみおわるとシームレスに、絶妙に計算された間でストレスなく次の話に移っていきます。Netflixをみはじめると、ついつい「あともう1話だけ……」を繰り返してしまう、という人も多いのではないでしょうか。
一方で、YouTubeはまだまだユーザーに連続視聴をさせる設計が弱いと感じます。たとえばYouTubeで動画をみていると、途中でまったく関係ないCMが挟み込まれることがあります。この中断は、視聴者の連続性を損なってしまう仕様です。それに対してTikTokの場合、CM動画すらも完全にコンテンツに溶け込んでいるため、視聴体験が中断される感覚がほぼありません。それによって、ユーザーが圧倒的にハマってしまう中毒性が生まれているのです。
ちなみに、2019年2月時点の、中国版TikTokであるDouyinの1月あたりのユーザー平均使用時間は67分。また日本のTikTokの平均使用時間は41分とのこと。
「Douyinを触っていたら、気づいたら2時間が経っていた」といったことがユーザーたちの間で頻繁に起こり、事態を重くみた中国政府から「90分以上継続使用しているユーザーにアラートを出すように」とのお達しが下りました。今では一度アラートが出現すると、4桁の数字を打ち込まないとロックが解除されない仕様になっています。
アメリカやインドのメディアでもしばしば、こうしたTikTokの中毒性が指摘されています。中国のIT企業のなかでも、バイトダンスはとりわけユーザーの可処分時間を奪うのが上手な会社と認識されているのです。
次の図表に、2017年と2018年のスマホにおけるユーザーの利用時間比率(各IT会社ごと)をまとめました。この1年で、バイトダンスが3.9%から10.1%へと急激に数字を伸ばしていることがわかります。
また続く図表は、中国版TikTokである抖音(Douyin)と、そのライバルである快手(Kuaishou)の使用時間を比較したものです。Douyinのほうが明らかに長時間使われていることがわかります。
ユーザーにコンテンツをレコメンドする機能自体は、なにもTikTokオリジナルではありません。YouTubeにもレコメンド機能はありますし、多くのプラットフォームで実装される機能の1つです。また、TikTokにも検索機能は付いています。しかし、ここまで検索よりもレコメンドに振り切ったサービスは、TikTokが初めてなのです。
本当に最近まで、ネット上で情報に接する際にユーザーがとる行動は、あくまで「検索」でした。いま起きているのは、その「検索」がついに「レコメンド」にとって代わられようとしているという、大きな潮流の変化です。
この歴史的転換の背景には、近年のAI技術の驚異的な進歩があります。それが次の「TikTokが世界最強のSNSになり得る理由」にもなっています。
「世界一の機械学習」という、プラットフォームとして確固とした強みがある
SNSが一過性のブームで終わるか否かを判断するには、「プラットフォームの強さの核がどこにあり」「なにを一番の武器としているのか」という点が重要になります。
日本では大きなブームになりませんでしたが、Snapchatは一時期アメリカを中心に大流行しました。ヒットの最大のポイントは「送信した画像・映像が24時間以内に消える」という、既存のSNSとは完全に異なるアイデアにありました。その新しさや一種の安全性が、既存のSNSに辟易していた若者たちに熱狂的に受け入れられたのです。
同様に、SNOWも自撮りを手軽に加工できるアプリとして世界的にヒットし、日本でも若い女性に大流行しました。
しかし、「盛れる」のもそれをスタンプにできるのも、革新的だったのは「アイデア」そのものです。
どれだけ優れたアイデアだとしても、アイデアそのものは真似されやすく、賞味期限があります。事実、Instagramがストーリーズを機能として実装してからSnapchatは下火になりましたし、わたしの感覚ではSNOWも、同様のサービスが多数登場にするにつれて徐々に飽きられてしまったと考えられます。
では、TikTokのアイデアが真似されたり、大資本に飲み込まれたりしてしまう心配はないのでしょうか?
TikTokの優位性としては、「イケてる音楽」╳「ショートムービー」といったユニークなポジショニングや、バイトダンス社のマーケティング力などが挙げられますが、最大の強みは熾烈な競争のなかで磨き込まれた「技術力」です。
中国において、ショートムービーはDouyin(TikTok)が生まれる前からすでに産業として確立されていました。Douyinと、その他の約130個も存在するショートムービー・アプリとの間に、動画プラットフォームとしての(表面的な)機能の違いはそれほどなかったのです。
Douyinがこれらのサービス群から頭ひとつ抜け出せた最大の要因が、レコメンド機能の背景にある機械学習の技術でした。わたしの見立てでも、中国のスタートアップ業界内の定説としても、バイトダンス社の技術、とりわけレコメンドをおこなう技術のレベルは世界一である、と断言しても決して過言ではないのです。
クリエイターからみたTikTokのレコメンドのすごさ
TikTokのレコメンドのシステムは、視聴者だけでなくクリエイターにとっても重要な意味を持ちます。TikTokのレコメンドのシステムは、「クリエイターのフォロワー数に限らず、優良なコンテンツを評価し、適切なユーザーに届ける」という理念のもとで設計されています。よって、たとえ駆け出しのクリエイターが投稿したコンテンツであっても、平等に一定量の初期アクセスが付与されます。そこから、コンテンツのいいね数、シェア数、視聴完了率、コメント率など、アクセスを配布した先のユーザーからの評価を見て、良ければさらに大きなアクセスを渡す……といった仕組みになっているのです。
したがって、フォロワーがまったくいない新参者のクリエイターでも、良質で面白いコンテンツを作れば、一発目で評価されて膨大なアクセスを獲得する可能性もあります。一方で、フォロワー数百万人のようなビッグアカウントのインフルエンサーでも、手を抜いた面白くないコンテンツを上げれば、広く拡散されることはないのです。
この仕組みは、フォロワー数絶対主義の他SNS(Twitter、Instagram、YouTube)とは一線を画しています。
女子高生たちのダンスやリップシンクなどの「アイデア」は、ブームとして遠からず過ぎ去っていくでしょう。しかし、こうしたTikTokの裏側にあるバイトダンス社の圧倒的な技術力は、一朝一夕に真似できるものではないのです。
なぜバイトダンスのレコメンド機能はGAFAに勝るのか
繰り返しますが、TikTokのレコメンド機能は世界最高レベルであり、GAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)も、テンセントもアリババもその一点においてはバイトダンス社の後塵を拝しています。
現在、経済的に最も大きなインパクトを持つテクノロジー領域がAIであることは、ここで説明するまでもないでしょう。世界に君臨するGAFAは、いずれも大量のデータを保持しており、その分析と活用をおこなうAI技術の開発に力を入れています。
こうした世界のトップ企業に対し、なぜバイトダンスは頭ひとつ抜け出せているのでしょうか。その答えを端的にいえば、「選択と集中」をしてきたからです。
たとえば、Googleは検索技術の会社として誕生しましたし、現在も「検索」が多くのサービスのベースにあります。Amazonは(サイト内における)検索とレコメンドの両方の技術に磨きをかけていますが、あくまでもメインのフィールドはオンラインショッピング。
Facebookは2018年に、TikTok風のアプリ「Lasso」をローンチしましたが、未だ成長途上であるうえに、社としてもレコメンド機能の開発だけに集中しているわけではありません。
それに対してバイトダンスは、Douyin(TikTok)をローンチする以前の2012年から、現在も同社の主力サービスの1つであるニュースアプリ「Toutiao(今日頭条)」において、機械学習の最適化に邁進していました。Toutiaoは、自社コンテンツを制作することなく、他社が作ったコンテンツをそれぞれのユーザーに適切に届ける、完全なるレコメンド型のサービスです。
TikTokは、検索機能をほとんど使わなくても楽しめる仕様となっていますが、その背景にはニュースアプリの開発で磨かれた、ユーザーへのレコメンドに特化した機械学習の技術があったのです。
ここに、バイトダンスとGAFAの一番大きな違いがあります。GAFAにとって、レコメンド技術は主軸サービスを使いやすくするための一機能でしかありません。それに対して、バイトダンスにとってレコメンド技術自体が会社の主軸なのです。
より正確にいえば、バイトダンスにとっては、Toutiaoも、Douyin(TikTok)ですらも、その主軸たるレコメンド技術を活かすための手段でしかありません。この姿勢は、バイトダンスという社名からもうかがうことができます。FacebookもAmazonも社名がメインサービス名そのものであるのに対し、バイトダンスはアルゴリズムやビッグデータが自分たちのコアだと言わんばかりの社名(Byte + Dance)なのです。
バイトダンス社は2012年の創業当初から、競合である中国企業、そしてGAFAが強みとする既存事業での競争を避け、当時新たな事業領域であったビッグデータと機械学習技術を用いたアルゴリズム開発に一点集中してきました。その「選択と集中」があったからこそ、レコメンドという領域において、短期間で世界トップの地位にまで駆け上がったのです。
中国固有の事情も後押しする
バイトダンス社が、レコメンド機能の裏側にある機械学習技術の開発に力を入れることができたのは、中国固有の事情もあるように思います。
世界的な趨勢としては、ヨーロッパのGDPR(EU一般データ保護規則)※しかり、2018年に起きたFacebookの個人情報流出事件しかり、個人情報の保護意識は高まる一方です。また、しばしば問題は起きていますが、著作権などの知的財産の権利も保護され、社会的にも浸透しつつあるといえるでしょう。
しかし中国では、個人情報に関する国民の意識が欧米諸国とは大きく異なります。率直な表現をすれば、中国では「便利になるのであれば、個人情報をプラットフォームに明け渡すことに賛成する」といった考えをする人がマジョリティを占めているのです。
※General Data Protection Regulation=EU一般データ保護規則のこと。2018年に施行されEU(欧州連合)の個人情報保護法制です。個人データの処理に関する個人の保護、および個人データの自由な流通のための規則を定めたもので、EU加盟国に直接適用されます。EEA(欧州経済地域)から第三国や国際機関に個人データを移転する場合には所定の手続きが必要となります。(コトバンクより)
そもそも、中国ではすべての国民にID番号が付与されており、それが記載された「身分証」が一人ひとりに発行されています。日本のマイナンバーカードに当たるものですが、中国においては身分証の取得が「義務」であるというのが大きな違いです。公的な施設の利用や飛行機・高速鉄道に乗る際の本人確認にも用いられるため、常に携帯しておく必要があります。
この身分証によって、すでに公的な制度や多くの民間サービスの利用履歴などが吸い上げられているため、国民のあいだで「個人情報は自分のもの」という意識が希薄なのです。
これは日本を含む中国以外の国、とりわけGDPRを施行してGAFAへの警戒心を高める欧州とは正反対の文化的土壌といえるでしょう。
中国と欧米でのユーザーの個人情報への意識の強さの差は、膨大な個人情報を必要とするレコメンド機能だけでなく、あらゆるイノベーションの起きやすさ、といった点で大きな差になるはずです。
事実、中国においてはAI関連領域を中心に、有望なスタートアップが次々と生まれています。たとえば、個人の信用情報をスコアリングする「セサミ・クレジット」(芝麻信用)※、顔認識技術を牽引する「SenseTime」(商湯)などなど。その大きな理由として、データの取り扱いに関する国民の態度の違いがあるといわれているのです。
他にも中国では、今後、やはりセンシティブな個人情報を膨大に必要とするヘルスケア分野などで文化的土壌を生かした企業が生まれることが予想されています。
※社会における個人や企業の「信用」をポイント化して可視化したシステム。交友関係や学歴や公共料金支払い記録なども評価に含まれ、高スコアであれば金利の優待などさまざまなメリットを得られます。