大学入試に
民間企業を入れることの是非

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 2021年度入試から始まる大学入試改革が荒れている。特に大荒れなのが民間業者を活用する英語の入試改革で、中学・高校の現場の教師から大学教授などの識者たちまでが、こぞって批判活動を展開。この6月には、約8000人分の署名を添えた請願書を野党の衆参議員計11人に提出。さらに8月30日および9月6日にも、文部科学省前に高校生や高校、大学の教員ら約200人が集まり、抗議集会が開かれた。ネットにも英語教育関係者らの批判が数多く投稿されている。

 この一連の批判活動の要点は、大学入試に民間業者を入れるなということ。民間業者とは英検とかTOEFLなどの各種英語検定を行っている業者のことだが、民間業者の試験なので開催場所も限られるし、受験料も必要となる。これが教育格差を生むと批判されているのだが、このような批判に対して、萩生田光一文部科学相がBSフジの報道番組内で「身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえば」と発言。これが教育格差を容認する発言だと批判が噴出。萩生田大臣は謝罪と発言撤回に追い込まれた。

 国の教育行政が教育格差を生んだり容認したりすることは、もちろん容認できない。ただ僕は、基本的には学校教育に民間業者を導入することに反対ではない。たしかに今回の民間業者導入に関しては、費用や機会の面で格差を生むだろうし、運営面にも問題が山積みだが、導入そのものにはむしろ擁護論者だ。基本的に戦後日本の子どもたち教育の水準を上げてきたのは、私立校や塾などの民間業者だからだ。

 ただし今回は、その是非については議論しない。日本の英語教育に関してはもっと重大な問題があるからだ。英語入試改革に反対している英語教師や英語教育の識者たちも、むしろそっちを議論すべきだと考えている。そうしないと、この国の子どもたちはますます英語が使えない人材になってしまう。なのに、なぜそこが議論されていないのか。批判の声もアナウンスされない。とても残念だ。よって今回は、それについて論じたい。