婚活パーティーは1年半ぐらい続けました。その後、イベントで人を集客するのに似ていると思い、飲食店を開こうと考えました。友達は大勢いたので、店をつくればお客さんは来るだろうと楽観していました。前向きというかバカなんです。なんにも考えていませんでしたから。

 料理は作れないけれど酒なら作れるだろうとショットバーを出すことに決めました。といっても、お酒は一滴も飲めないし、飲食店の経営なんて全くわかりません。

 そこで、3カ月間、近所のバーで働くことにしました。連日、昼間の仕事が終わった午後8時から夜中1時までバーで働き、お酒の作り方をなんとなく覚えたところで店をオープンしました。27歳のことです。

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はやりものに手を出す怖さ

 しかし、現実は厳しかった。開店当初こそ仲間たちが来てくれましたが、そもそも婚活パーティーに来る人たちは出会いを求めているだけで、お酒が好きなわけではありません。週末も休みなく働いたにもかかわらず、年収は半分になりました。

 ショットバーをはじめて1カ月が過ぎたころ、その後の人生を変える大きな出会いがありました。

 僕の幼なじみが1人の女性を店に連れて飲みにきました。それが現在、当社で副社長をしている田中洋江でした。店でイベントがある日は、僕1人で店を切り盛りするのは大変です。それで田中をアルバイト第1号として雇いました。

 当時、経営は厳しかったですが、酒を出してお客さんと楽しくしゃべっているだけでお金をもらえるというショットバーの仕事は本当に楽しかった。かつて「出世したい」と考えていた気持ちも薄れ、「自由に生きて、それなりのお金をもらえる生活ができればいい」と思うようになっていました。