ヤンキースは米国流合理主義の総本山
移籍当日から出場できたイチローの凄さ

 今回、イチローがメジャーリーグ最高峰のヤンキースに移籍できたのは、何と言ってもイチロー自身に野球選手としての能力があるからだ。ヤンキースのチーム運営は極めて明確で、勝利するために必要な人材をどこからでも集める。たとえ、その選手の年棒がどれほど高くても、欲しい選手を買い集めるのである。

 そこには、米国流のプラグマティズム=合理主義の徹底が見える。目的は勝利=ワールドシリーズ優勝だ。その目的を達成するために、どういう人材が必要で、そうした選手がどこにいるかを常にリサーチしている。松井もイチローも、そのプラグマティズムに適合したのである。

 逆に言えば、どれほど有名な選手であっても、ヤンキースがワールドシリーズで優勝するために必要でない選手を雇うことはない。かつて、ヤンキースの監督であったトーリ氏は、「ホームランの数など問題ではない。チームが勝つことに貢献できる選手が重要だ」と述べたことがある。その言葉は、ヤンキースというチームの哲学を的確に言い得ている。

 イチローがヤンキースに移籍し、当日からヤンキースのユニフォームを着てプレーできるということは、イチローがチームの勝利に貢献できる能力を持っているからに他ならない。イチローの能力が高く評価されたのである。

 我々の日常生活の中でも、これに似たような話はいくらでもある。勤めている会社の上司が変わったり、方針が変更になるなど環境が変わり、自分の居所がなくなることもあるだろう。ときには、その変化に甘んじて引退をしたり、窓際に追いやられることもあるかもしれない。

 そのとき、生かせる実力があれば、何もその会社に固執しなくてもよいかもしれない。あるいは、同じ組織の中で、新しい分野に進むことができるかもしれない。そのときのために、我々はイチローには届かないまでも、自分を磨いておくことが必要になる。