こうして何も変わることなく、小学4年の部活に入る時期を迎えた。

 Gさんのいた小学校では、野球部かサッカー部しかなく、野球部に入った。

 学校では、監督を保護者の中から募集していた。すると、Gさんの父親が立候補した。

「もし父親が監督になれば、毎週土日、学校での自分を父親に見せることになる…」

 Gさんは反対した。しかし結局、父親は監督を引き受けた。

 今から振り返れば、父親が監督で良かったと思うこともあったという。

「守備練習のときは基本的に“お願いします”と一言言ってから入るのですが、自分のときだけは声を出さなくて済みました。試合中も、みんなが声を出して応援している中、自分だけ声を出さなくても、何も言われませんでした。逆に、声を出すことを強要されていたら、すぐに辞めて、学校にも行かなくなっていたかもしれません」

 小学6年の終わり頃、野球の打撃練習中、何となく左打ちのほうが打てそうだと思い、左打席に立ったら、ヒットになった。

「このまま左打ちにしようかな~と思ったが、周りの人や先輩に中学で会ったとき、“何で左に変えた?”と聞かれるのが嫌で、結局、そのあと、今までどおり右打ちのままにしました。

 緘黙ではなく、普通に話すことができれば、こんなこと考える必要なく、左打ちに変えていた。今さらこんなこと言っても仕方ないんですけど、もし緘黙じゃない子ども時代をもう1回送れたら、左打ちに転向して、野球をしたい…」

 小学校時代は、クラス替えもなく、ずっと同じ環境で過ごしてきたため、何も変わらなかった。

 ただ、中学に進めば、自分のことを知らない人もたくさんいる。

「少しは話せるようになるんじゃないかな…」

 そんな淡い期待を抱いていた。

 こうして、中学入学前のオリエンテーションで、別の小学校出身のクラスメートに話しかけられた。しかし、まったく話すことができないままで、結局、小学校時代と変わらなかった。