1~2回は雑煮を食べ、散歩がてらの初詣のあとは、寝正月かテレビざんまい。子ども家族や来客の接待、会食などはカットして、気ままな「日常」でいたいらしい。

 しかし思わぬ落とし穴もあって、年賀状終活をしたら、一方的に交流の遮断を通告されたと誤解されたケースも少なくない。

 正月終活の場合も省エネのつもりが、意図せずに家族や友人を遠のかせてしまい、「そして誰もいなくなった」とならないように熟考しよう。

◎人間関係は人工的に「創る」時代に。正月は絶好のチャンスだ

 一方で大忙しの年末年始に「うれしい悲鳴」を通り越して体も財布も「正月疲れ」するリタイア夫婦も多い。嫁たちにおだてられて豪勢な重箱詰めを手作りして届けたり、入れ代わり立ち代わりで子ども家族がやってきて家が宴会場&保養所と化したり…・。

 バアバは親心からわが子の好物や高価な嗜好品をつい買いそろえちゃうし、ジイジは孫たちの子守要員&お年玉のスポンサーをおおいに期待される。おせちに飽きた子ども家族を外食させてもカラオケしても、「接待」の支払いは祖父母の財布がアテにされる。

 最近はキャッシュレスだから、正月が終わったあとの疲れからくるめまいと、カードの請求額に驚愕(きょうがく)するめまいのダブルパンチを食う。それでも「できるうちが幸せだから」と体力が続く限り家族の新年会はやりたいと誰もが口をそろえる。

「幸せ」とは人とつながっていくこと。昭和のころは人間関係が自然に「存在」していたのが、今やデジタル化して人間疎外が進み、人間関係は人工的に「創る」時代に入ったとカウンセラーの富田富士也氏は指摘する。

 両方の時代を生きてきたポスト団塊世代より上の人たちは、皮膚感覚でそれを悟っているのだろう。がんばって濃密な家族関係を創りたい。それには正月は絶好の家族イベントなのである。