僕も社員で監督だったためか、『エヴァ』を放送していたテレビ東京に呼び出されて謝罪したりしています。しかし、僕は当時まったく経営には関わっていなかったので、この事件については後から聞いたことしか知りませんでした。

 その脱税事件で澤村社長が退任した後、もう1人の代表取締役だった山賀(博之)が社長を引き継ぎます。その山賀社長(当時)から直接「とにかく庵野の名前が取締役に入らないと、どこも信用してくれない。だから名前だけでもいいから役員をやってくれ」と言われ、「経営に興味ないしやる気もないけど、名前だけなら別にいいよ」と、取締役に入ることにしました。

 とはいえ『エヴァ』の神通力も永遠に続くわけではありません。それでも放漫経営は続きました。そのうち経営が傾いて「来月にはショートする」と毎月のように言われるようになりました。2003年から2004年頃だったと思います。そうなってはじめて僕も取締役らしいことをしようと社内状況を書類や数字で確認したのですが、その内容には大変驚きました。

 例えば、給与に大きな偏りがあり、ほとんど仕事をしていないような人物に給料が払い続けられていました。実績を上げているわけでもない一部の社員に、『エヴァ』に尽力したスタッフよりずっと高い給料が支払われていることに、愕然(がくぜん)とした覚えがあります。

 僕は在籍中も退職した後も一貫して、給与体系や社内システムの改善を経営陣に進言していたのですが、ほとんど聞き入れられることはありませんでした。

新たな『エヴァンゲリオン』の劇場版の製作現場として
「ガイナックス」を選択しなかった理由

新世紀エヴァンゲリオン
©カラー/Project Eva.

 何度目かの危機にあったガイナックスの経営は、取引先の大手企業2社からの増資と『エヴァ』のパチンコ化による収入で2004年に持ち直します。持ち直すとまた浪費癖が出てきます。経営陣は、将来性が見えない事業を始めたり、無理して継続させているような事業を凍結もせずに押し進めたりしていました。

 僕の意見は社内会議で取り上げられず、取締役を続ける意味を感じなくなっていたころ、自身の次作品として独自に進めていたオリジナル企画を凍結して、もう一度『エヴァンゲリオン』を作ることを決めました。自分でオリジナル企画を考えても『エヴァ』の亜流にしかならない。ならばもう一度『エヴァンゲリオン』を劇場版として作ったほうがストレートで、停滞しているアニメーション業界のためにも、自分自身のためにもいいのではないかと考えたからです。

 新たな『エヴァンゲリオン』の劇場版の製作現場として、僕は「ガイナックス」を選択しませんでした。

 過去作と同じスタジオでは新しい空気が入りづらいこと、当時ガイナックスでは別のテレビシリーズの企画が動いていたこと、僕がスタジオに居続けることで次世代のスタッフが遠慮し続けてしまいそうなことなど、いくつかの理由がありましたが、一番の理由は製作費を管理し、スタッフ、社員への福利厚生や、作品が当たった時の功労者への還元などをきちんと実行したかったからです。そのために自分自身の考えを直接反映し責任を持てる新たな会社として「株式会社カラー」を立ち上げました。

 といっても、設立当初は僕と助手、2人だけの小さな事務所でした。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズは、他のアニメスタジオに間借りして制作するつもりでした。しかし、周囲の手助けもあり、流れのままに制作スタジオを有した映像製作会社をつくることになります。

 それが2006年のことでした。