快進撃をつづけるAI通訳機「ポケトーク」。その開発・販売元であるソースネクスト株式会社の松田憲幸社長の著書『売れる力』発売を記念して、旧知の朝倉祐介さん(シニフィアン共同代表。『ファイナンス思考』著者)が聞き手となった対談後編。製品と会社のブランドのどちらが重要か、またエンジニア出身社長の強みなどについて聞いていきます。(撮影:野中麻美子)
朝倉祐介さん(以下、朝倉) AI通訳機「ポケトーク」の海外展開も強化されていくんですか。
ソースネクスト株式会社 代表取締役社長
大阪府立大学工学部数理工学科卒。日本アイ・ビー・エム株式会社のシステムコンサルタントを経て、1996年に株式会社ソース(現ソースネクスト株式会社)を創業。2006年12月に東証マザーズ、2008年6月に東証第一部に上場。ソースネクストは約50カ国で働き甲斐に関する調査を行うGreat Place to Workによる2019年版日本における「働きがいのある会社」ランキング(従業員100~999人)で12位と5年連続でベストカンパニーに選出されたほか、東洋経済オンライン「初任給が高い会社」ランキング(2017年)で第7位にランクイン。兵庫県出身。新経済連盟理事。
松田憲幸さん(以下、松田) アメリカやヨーロッパ、アジアでも売り始めました。
先日もロンドンのSelfridgesという高級百貨店内でポケトークを販売しているので行ってみると、販売員の方に「10分前に10台売れたよ」と言われました。シンガポールに工場をもっているという方が、10台買っていかれたそうです。その前日にはアフリカのガボンのプリンスが20台買っていったとか。
理由は世界最高品質の翻訳機だから。こう聞いて、翻訳機で世界最高品質であれば、需要は100%あるなと確信しました。
朝倉 価格競争に陥りづらい商品ということですね。
松田 社員などとも話していたのですが、翻訳機のマーケットは電卓と似ているようにみえます。70年代にシャープさんやカシオさんなど各社が参戦して価格競争になったんです。いま翻訳機も当社も含め20社がひしめいて、一部価格競争になりつつあります。ただし、電卓と決定的に違うのは、電卓は安いからって間違えたりしないことです。この電卓は100円なので、「7+8」がたまに「14」になっちゃう、ということはない(笑)。だから完全な価格勝負になってしまう。でも翻訳機はそうじゃなくてクオリティ+プロモーションの勝負になります。
朝倉 (明石家)さんまさんが登場するCMって昨(2018)年からですかね。タクシーでもすごくよく見ます。
松田 さんまさんに登場いただいているのは2018年9月からです。ハードウェアを売るなら、ブランドが大事です。アップルみたいにあれほど有名で製品が素晴らしい会社でも、プロモーションはものすごく力を入れているんですから、まして弊社のように一般的な知名度が高くない会社はきちんとやらないといけない。
シニフィアン株式会社共同代表
競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。2017年、シニフィアン株式会社を設立、現任。著書に、新時代のしなやかな経営哲学を説いた『論語と算盤と私』『ファイナンス思考』(ダイヤモンド社)など。
朝倉 ちょうど私が米国で暮らしているころ、シャープが経営危機に陥ったというニュースがあって、それについて松田さんが「シャープほどのブランドは一朝一夕に作れるものじゃないから、買収のチャンスだろうね」と仰っていたのを覚えています。結果として鴻海グループ傘下になりましたが、やはり松田さんはそういう感度が高くていらっしゃるんだなと思いました。
松田 ブランドを築くにはものすごくお金がかかりますからね。特にお客さんが身銭を切って買うBtoCの世界ではものすごく重要です。家電量販店の主要店舗約2000店全店にセールスマンを配置するなんて無理ですから、売り場にただ製品を置いておいて、お客さまに手に取ってもらえないといけない。それには、製品のブランドや会社のブランドが不可欠です。
その点でいうと、アメリカはミッションがプロダクトにひもづいていて、プロダクト=カンパニーのケースが多いですよね。日本では必ずしもそうじゃない。今わたしたちも「ポケトーク」という製品名を全面に出しているので、お客さまには後から「ソースネクストが作ってたんだ」とわかる。本当はソースネクストという社名も同時に打ち出せたらいいですけど、お客さまも混乱されるかもしれないと思っています。ただ、今後、IoT製品をどんどん出していくので、ソースネクストというブランドももっと強くしていきたいです。
朝倉 松田さんはエンジニア出身ながら理詰めだけじゃないフレキシブルさがあるというか、そういう商売のセンスは関西人の血ですかね(笑)。
松田 お金にならないと始まらないですから。生き残れないですよね。
ただ、エンジニア出身だということは僕の強みかなと思います。製品を作っている人をリスペクト(尊敬)していますし、その難しさも理解できていますから。そのうえで、マーケティングが重要だと思って「こうすれば売れるよ」という話ができる。マーケターとエンジニアのバランスを取るうえでも、エンジニア出身のCEOというのは最適だと思います。アメリカでいえば、facebookのマーク・ザッカーバーグさんも、googleのラリー・ペイジさんもエンジニア出身ですが、日本には少なすぎる。
朝倉 日本にはなぜエンジニア出身の社長が少ないのでしょうか。
松田 大学受験時点で、理系と文系に分かれるのが問題ではないでしょうか。ファイナンスとコンピューターサイエンスをやるのは、アメリカだと普通です。日本で経済学部が文系に分類されるのもよくわからない。
朝倉 理系の人たちは「社長」というのは自分に関係ないことだ、という先入観があるのでしょうか。
松田 「社長」という役職に憧れがないのかもしれません。僕も憧れがあったわけではないですが(笑)。今後はそうなっていくんじゃないかと期待します。
朝倉 「ポケトーク」にSIMを提供しているソラコムさんなんかも、エンジニア出身の社長さんですよね。
松田 エンジニア出身という理由だけじゃないですが、本当に意気投合しました。それから、日本語の発話エンジンは東芝さんの技術ですし、そういう日本連合の力を結集した製品が「ポケトーク」だと思うんです。その意味でも世界シェア1位をとれたことは、本当にうれしいです。