SARSは前代未聞の
「チャイナリスク」だった

SARS禍は香港人の食卓の「野生動物離れ」を促した。隣接する広東省ではいまだ食されている

 当時、製造業の対中進出が加速する中、中国に駐在する日本人はうなぎのぼりに増えていた。深刻化するSARSの被害に、在中の日系企業は“前代未聞のチャイナリスク”への直面を余儀なくされていた。

 当時は繊維産業が活発で、香港を間に挟む形で中国と日本の間を多くの貨物が動いていたが、その香港が機能しなくなった。発注や企画打ち合わせが事実上ストップし、企業は仕入れ先を変更せざるを得なくなった。

 筆者が在籍していた中国系企業では、感染防止に社内で「酢」が焚かれた。酸っぱい匂いがオフィスに充満し気分が悪くなったのだが、中国人スタッフはこれが予防になると信じ込んでいた。「板藍根(バンランゲン)という薬が効くらしい、早く買っておいた方がいい」と教えられたので半信半疑で薬局に行ってみたものの、すでに“爆買い”されたあとで、在庫は1箱も残っていなかった。

 日本人駐在員は、出張の見送りやスケジュール変更に頭を抱えた。総経理(現地法人のトップ)は駐在員や家族を帰国させるかどうかの選択に迫られた。「天安門事件の発生時に大急ぎで引き揚げたA社と思い留まったB社では、その後の事業発展に差がついた」などという情報も耳にしていただけに、その決断は困難を要した。

 毎日、発表されるSARS感染者数の増加に、中国での生活者は誰もが怯えた。検温が日課となり、外に出なくていいようにと食料を買い占める動きが始まった。「ヤクルトがSARSに効く」という噂も出回った。実際に効くかどうかはともかく、ヤクルトには免疫力を向上させる働きがあるようで、香港ではピーク時に90万本の販売実績をたたき出した。

 そのうち大学の授業もストップした。北京では大学が閉鎖され、学生も学内から外には出られなくなった。中国に居ては危ないという雰囲気が日に日に増し、帰国ラッシュが始まった。「航空機の運航が休止になる」という噂が飛び交い、航空会社には予約が殺到した。

 運よく帰国することができた日本人駐在員と家族を待ち受けていたのは、日本社会の“拒絶反応”だった。「面会を断られた」「ウイークリーマンションの申し込みができない」「タクシーにさえ乗車拒否された」――中国からの帰国者への予想外の対応に、多くの人が面食らった。

 今、中国や香港ではマスクの売り切れに市民が悲鳴を上げている。拡大が深刻になれば、上記のようなことが再び繰り返される可能性がある。