見る対象は自分で決めてかまいません。私が指導するアスリートのなかには、自分の指紋を凝視する選手もいます。こまかい指紋の1本1本に目を凝らすことに集中すれば、雑念が入りこむ余地もなさそうです。ポイントは、余計なことを考えないでただ見ること。あらかじめ見る対象を、右手の小指の指紋とか、バットの先端だとか、あるひとつのものに決めておくと、集中モードにより入りやすくなると思います。それが「お守り」の役割をしてくれるかもしれません。

 また、アイコントロールは集中力を高めるときだけでなく、心が動揺してしまったときにも使えます。たとえば、取引先の会議室でプレゼンをしているときに不測の事態が起きれば、動揺するでしょう。そのようなときに、手元に置いた赤いペンという「お守り」にさっと視線を移してただ見つめてみると、やがて気持ちが落ち着いてくるはずです。

 とはいえ、いざというときにはじめて赤いペンを見つめてみても、うまくいかないかもしれません。練習のつもりで、日頃から1日1回30秒でもよいので、「ただただ見る」練習をするといいでしょう。

スポーツクライミング・楢崎智亜選手が試合前にしていること

 スポーツクライミングの楢崎智亜選手(「崎」のつくり大は正しくは立)も、アイコントロールを取り入れています。おもしろいことに彼はボルダリングをおこなうまえはアイソレーションルーム(試合前に待機するための専用の部屋)で、手を見ますが、屋外で行われるスピードという種目では、試合前に空を眺めるのです。

 空を仰ぎみると、自分が壮大な宇宙や大自然の一部になったような感覚をふっと覚えて、その瞬間、雑念も不安も恐怖も焦りもすっと消えていき、自分の心がなにもない「無」の状態になるのを感じるのだそうです。

 自分の外に広がる空という自然に視線を向けて、宇宙との一体感を感じながら雑念のすべてを吹き払う。そして次には、一気にその意識を自分の内へと向けて集中するというのが、楢崎流のアイコントロールです。

 アイコントロールは近くの、小さなものに目を凝らすものと思うのが、「ふつう」です。その「ふつう」に縛られることなく、自分の感覚にぴったりとくる対象をみつけ、実践する楢崎選手。そのオリジナリティもまた、一流選手の証(あかし)のひとつと言えるでしょう