フォロワー18万人超!仏教の視点をもって、国内外の方々から寄せられた「人間関係」「仕事」「恋愛」「健康」などの相談に応える YouTube チャンネル「大愚和尚の一問一答」が人気爆発。
「実際にお寺に行かなくてもスマホで説法が聞ける」と話題になっています。
その大愚和尚はじめての本、
『苦しみの手放し方』が、発売になりました。
大愚和尚は、多くのアドバイスをする中で、
「苦しみには共通したパターンがある」「多くの人がウソや偽りを離れて、本当の自分をさらけ出したいと願っている」「苦しみを吐き出して可視化することによって、人は少し苦しみを手放すことができる」ということに気づいたといいます。
そんな和尚の経験をもとに、この連載では
『苦しみの手放し方』から、仕事、お金、人間関係、病気、恋愛、子育てなど、どんな苦しみも手放せて、人生をもっと楽に生きることができるようなヒントになる話をご紹介していきます。

【大愚和尚】<br />愛とは、自分の思いや思いを伝えることではない。<br />では、愛とは何か?

「心を受け取る」と書いて「愛」

 お釈迦様が、資産家の父親を亡くした青年、シンガーラに、正しい人間関係のあり方を教えた『六方礼経(ろっぽうらいきょう)』という経典があります。
 「六方」とは、「東西南北」の4方向に、「上下」を加えた6つの方角を指しています。それぞれの方角は、
●「東…父母」
●「西…妻子」
●「南…師弟」
●「北…友人」
●「上…宗教者と在家者」
●「下…主従関係」
 をあらわしています。
 「礼拝(らいはい)」とは、拝むことです。お釈迦様は、6方向に配置された人たちに対して、「人間としての正しい倫理を実践すること」によって、良好な人間関係が築けるとおっしゃっています。
 なかでも、「北方」として礼拝される友人に対して、次の「5つ」をもって、奉仕することが大切であると説いています。

①与える心を持つ
②親しみのある言葉、優しい言葉、安らぎの言葉をかける
③友人の役に立つことをする
④友人を自分と等しいと思う。同じ立場で、一緒になって考え行動する
⑤友人を欺(あざむ)かない、裏切らない

 また、友人も、次の5つをもって、この人に奉仕すべきであると教えています。
①無気力になっている友を守る
②無気力になっている友の財産を守る
③恐怖に怯(おび)えている友を守る
④逆境に陥っている友を見捨てない
⑤友の子孫を大切にする

 友人に、感謝と報恩(ほうおん)の心をもって礼拝していく。そうすることで、友人との関係が揺るぎないものになります。
 この「10」の奉仕・実践は、友人にかぎらず、「六方」すべての人間関係を育む要(かなめ)だと私は考えています。

 私は、大学院生時代に、幼稚園で仕事もしていました。そのとき、アメリカの幼児教育を視察するためにニューヨークを訪れたことがありました。帰国前日、お土産を買いにミッドタウンを歩いていると、突然、大粒の雨に見舞われ、傘を持たない私は、雨宿りを余儀なくされました。
 目についたビルのひさしで雨を避けていたのですが、雨足は強くなる一方で、やむ気配はありません。「走ってホテルまで戻ろうか。いや、自分は濡れてもいいけれど、お土産は濡らしたくない……」。
 私が逡巡(しゅんじゅん)していると、ビルの中から出てきた背の高いビジネスマンが、持っていた傘を私に差し出してくれました。そして、傘がなくなった彼は、背中を濡らしながら、雨の中を駆け出していったのです。
 帰国当日、私はもう一度その場所を訪れました。昨日のビジネスマンにお礼を言うためです。
 私はビルの受付で、事情を説明しました。
 「昨日、このビルで働いている方から傘を貸していただきました。けれど、その方の名前も、会社名もわかりません。ぼくはこのあと日本に帰らないといけないので、傘を返していただけませんか?」
 受付の女性が、「そんなことを言われても……」と少し困った表情を見せたとき、受付の前を通りがかった男性が、「その傘の持ち主なら、このビルの15階にいらっしゃいますよ。訪ねてみてはどうですか?」と声をかけてくださったのです。
 15階に上がった私は、驚きました。そこは役員フロアであり、傘を渡してくれた昨日の男性は、その会社のVIPだったからです。
 彼の名は、コール。コールさんも、「わざわざ、傘を返しにきたのか!」と、私の訪問に驚いていました。私が「昨日のお礼に」と言ってお菓子を渡すと、コールさんは顔をほころばせて喜んでくれました。
 コールさんは、私に傘を「与え」てくれた。私の「役に立とう」としてくれた。戸惑っている私を「守って」くれた。
 私は、コールさんが私にしてくれた行為こそ、六方礼の本質であり、「人間としての正しい倫理の実践」だと思っています。

 長野県の山奥に、小さなタクシー会社があります。
 「中央タクシー株式会社」は、お客様の約9割が電話予約で占められ、流しの営業はしていないにもかかわらず、「売上高で長野県内トップ」のタクシー会社です。
 以前、中央タクシーの宇都宮司(うつのみや・つかさ)社長からお話を伺ったとき、「タクシー会社なのに、タクシーを乗り捨てた伝説の乗務員(ドライバー)」のエピソードを教えていただきました。

 乗務員のAさんが、老夫婦を長野から成田空港までお送りしている途中、高速道路の大渋滞に巻き込まれてしまったそうです。「このままではフライト時間に間に合わない……」。そこで、鉄道に乗り換えていただくことに決め、最寄駅に向かうことにしました。無事に駅に着いてお客様を降ろしたあと、何を思ったのか、Aさんもクルマを降りてしまった。そして、この老夫婦と一緒に電車に乗って、成田空港まで向かったのです。
 なぜ、Aさんはクルマを乗り捨て、空港まで同行したのでしょうか。それは、「東京駅で、お客様が迷わないため」です。
 Aさんは、「このお客様が、自分の両親だったらどうするか」と自問自答をして、「自分の両親なら、最後まで見送る」と答えを出したのです。
 お客様と同じ立場で、一緒になって考え行動する。だからこそAさんは、「伝説の乗務員」と呼ばれたのでしょう。

 宇都宮司社長の父親で、創業経営者の宇都宮恒久(うつのみや・つねひさ)会長は、タクシー事業を「お客様の人生に触れ、安全を守る仕事」ととらえています。
 東日本大震災のときは、予約していたお客様の到着が「12時間遅れ」だったにもかかわらず、乗務員が空港で待っていたことがあります。
 また、予想外の大雪で立ち往生し、予定のフライトにお客様が乗り遅れてしまったときは、空港近くのホテルに部屋を用意し、料理を出して、おもてなしをしたそうです。
 宇都宮会長は、
 「もっとも重要なのは、社内の人間関係を良好に保つことであり、人間関係がよければ、社風も明るくなり、それがお客様に対する態度にもあらわれる」
 と述べています(参照:プレジデントオンライン/2016年11月7日)。
 長野の小さなタクシー会社に、お客様からの「感謝の声」が絶え間なく届くのは、社員が「6つの関係」を正しく守っている(正しく礼拝している)結果であると私は解釈しています。

 ニューヨークのコールさんも、中央タクシーの伝説の乗務員も、その心根に流れているのは、「愛」です。
 「愛」という字は、「心を受け取る」と書きます。
 「愛」とは、自分の思いや想いを伝えることではなく、「受け取る相手の立場に立って、接する」ことです。
 自分自身を他人の立場に置いてみることが、人間関係を上手に保つ知恵の出発点なのです

(本原稿は、大愚元勝著『苦しみの手放し方』からの抜粋です)