自分の心の中に閉じ込めていた思いや怒り、悲しさ、うれしさ…。それらを表現することで、見ている人から「私にも同じ出来事があった」「その気持ち、わかるわかる」と共感してもらえると、その仲間の気持ちが本人を支える自信になるという。初回は出演者がいなくて困ったが、いまでは、このコーナーへの出演希望者が多い。パンジーの利用者以外の人が出演することもある。

 メンバーによる番組制作は、当初、失敗が続いた。だが、誰も「もう、やめる」とは言わなかった。それどころか、番組制作は役割がありチームワークで進めていくため、メンバーは「自分は必要とされている」と気付き、元気になっていった。経験を重ねていくうちに、スタッフとしてのスイッチングやカメラワークがうまくなっただけでなく、自閉症で言葉を話せなかった男性が「おはよう」と言えるようになったり、これまで何度やってもできなかったことが急にできるようになったりしたこともあった。

 小川さんは「体験の幅がすごく少ないんですよ」と指摘する。いろいろなことにあきらめずに挑戦し続けるうちに、可能性が広がっていく。全盲の男性がカメラマンとなって街歩きをする企画が放送されたこともあった。いまは、一昨年、初めてヒマラヤ登山をしたメンバーの記録を映画として作っている。英語版もつくる予定だ。

番組「きぼうのつばさ」制作風景。本文で紹介した野村さんはカメラマン
番組「きぼうのつばさ」制作風景。本文で紹介した野村さんはカメラマンに 写真提供:創思苑

 パンジーメディアは同法人で28年間、知的障害のある人と生活をともにしてきた林淑美理事長の発案で始まった。1995年、アメリカでは知的障害のある人が講演をしていたり、2001年にはスウェーデンでは知的障害のある人がラジオでしゃべっていたりすることを目の当たりにして驚いた経験を持つ。

 それ以降、林理事長は「日本では親御さんや職員が当事者の思いを代弁することが多い。当事者が発信できる場を作れないか」と心の中で温めていた。2015年、小川さんと出会ったことで、その夢が実現した。

 今後は「全国にパンジーメディアの支局を作りたい」と希望者を募集する。さらに、小川さんは「知的障害のある人からアイデアが出れば、それを実現するためにスタッフと一緒に出前制作にも行きたい」と抱負を語る。番組「きぼうのつばさ」をもっと知ってもらいたいと、制作スタッフが番組とプロジェクターを持って、他の施設を訪問することもある。

「障害がある」「問題行動で困っている」でなく、障害の特徴を知り「どのように支援をすれば、人生が楽しくなるか」と視点を変える。この発想の切り替えが、その場にいる人を幸せな気持ちにさせていく。