就活生の「経歴の盛り方」が決定的に変わったワケ写真はイメージです Photo:PIXTA

嫌いな著名人が炎上しているのを見て、どこか胸がすっとした――そんな経験はないだろうか。匿名アカウントから放たれる石つぶては、いまや大手メディアに匹敵する打撃力を持つ。一方で、投げる側が反撃にさらされる場面はほとんどない。Xという舞台で、安全地帯から繰り出される攻撃は、なぜこれほどまでに加害者と傍観者の双方に快楽をもたらすのか。その構造を、SNS研究者が冷静に解き明かす。※本稿は、岡嶋裕史『子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。

事実だろうとガセだろうと
「X」は言った者勝ち

 実際、今、人を叩くことは驚くほど簡単です。

 人の言動など矛盾の塊です。日によって変わることもあるでしょう。所属するクラスタによって、発言やペルソナを変えるのは当たり前です。

 そういえば、それが多様性の時代の誠実さだと論じた文章が、2016年度のセンター試験の国語で出題されたことがありました。

 でも、あまりにも正義が流行した結果、人間に無謬性や無矛盾性が求められるようになりました。過去の発言をほじってくれば、いくらでも「変節」や「齟齬」を見つけることができます。

 たとえば、科学の世界では、ある問題に対する新しい解答が発見されることもしばしばですが、そうした知識のアップデートすらも字面だけを切り取ってしまえば変節に仕立てられます。

 齟齬を見つけることができなくても、嘘で批判することもできます。「過去に悪事をしていた」といった嘘をでっち上げ、他人を攻撃できます。攻撃側は言いっ放し、被攻撃側は体面を考慮して何らかの防御言説を展開せざるを得なくなる……と、両者の行動量に非対称性が生じます。嘘であっても対象を困った構図に追い込めるのです。