奈良の大仏の建立は天然痘の流行も一因だったとされている Photo:PIXTA

3月11日のWHO(世界保健機関)による「パンデミック」宣言から2カ月がたち、より勢いを増して世界で猛威をふるっている新型コロナウイルス。いまだ終息が見えず不安な日々が続いている。しかし、人類は過去に、ペストや天然痘といった感染症のパンデミックを何度も経験してきた。これまでに日本と世界で起きた感染症は何が発生源だったのか。当時の為政者や民衆はどのように対処してきたのか。流行の前と後で何がどう変わったのか……パンデミックの歴史を探ることで、現状を変化させるヒントが見つかるかもしれない。そこで前回に続き、歴史作家の島崎晋氏の『人類は「パンデミック」をどう生き延びたか』(青春出版社)から、日本がかつて戦ってきた感染症の歴史を解説していく。

天然痘の予防法となった「ある感染症」とは

 致死率が非常に高く、「天然痘」は長らく人類全体にとっての脅威だった。天然痘を患った日本史上の有名人といえば、「独眼竜」の異名で知られる戦国大名の伊達政宗が挙げられる。政宗が右目を失明したのは幼少時にかかった天然痘が原因で、近代以前の日本では失明の原因の最たるものがこの天然痘であった。

 天然痘の致死率はもとより、命を取りとめても失明や痘痕などが後遺症として残ることも大きな問題だったのだ。現代社会は予防接種(種痘)をすることで根絶に成功したが、同様の予防法は早くからあり、中国・宋の時代には人痘接種法が生まれていた。ただし、それは原始的なもので、被験者を感染・死亡させることが多いなど、かえって危険だった。