森嶋の携帯電話が鳴り始めた。
この高原でも携帯電話は市内と同じように通じている。
ロバートだ。森嶋はその場を離れ、車の背後に回った。
「今、仕事で吉備高原に来ている」
〈あの綺麗な同僚と一緒か〉
「村津参事官と2人だ」
〈これから国に帰る〉
ロバートは日本の今後を見届けると、大使館近くのホテルに滞在していたのだ。何度か電話では話したが、お互い忙しさにかまけて会ってはいない。
「大統領が待ってるのか」
〈少しは先が読めるようになったな。明日の夜は一緒に夕食を取る〉
「礼を言っておいてくれ。これで日本は救われる。しかし、これからの筋書きは日本人が日本の意志で作り上げていく」
〈何を言ってるんだ。俺たちは感心してるんだ。なかなかよくやったと〉
「俺だってそう思ってる。かなりよくやったと。しかし問題は、よくやりすぎたことだ。すべてが上手くいきすぎた。村津さんはあまりにも手際が良かった。ダラスの出現、長谷川氏の首都模型、賛同する企業の出現。吉備高原の土地の買収はすでに9割以上完了していた。それらがほとんどスムーズに政府に移行した。国会通過も異例な早さだった」
〈ラッキーだったからさ。俺なら素直に喜ぶね〉
「ラッキーすぎるのも怖いものだ。素直に喜べないのが日本人だ。いちばん割を食ったのは中国だ。投資は悪くすれば3分の1も戻ってこない。数兆円の損失だ。もっとも中国はそんなこと公表しないだろうがね」
〈それがそっくり日本に入っていれば損な話じゃないだろ〉
「日本に入っていればね。俺だって財務省に友人はいる。彼らの話によると、今度の一連の騒動で数千億円単位で金を動かしたアメリカ人が10人以上いるようだ。企業も含めてね。為替、日本国債関連の売買で彼らも企業も大儲けしている」