名前を挙げようか、と森嶋は数人のアメリカ人の名前を挙げた。
「利益を得たのは日本だけじゃない。損をしたのは一国だが」
〈儲けることは悪いことじゃない。リスクを受け入れたくなければ、野望など抱くもんじゃない〉
「正当な土俵の上での勝負ならね」
〈そうじゃないというのか〉
「シナリオがあれば条件は違ってくる」
陽気だったロバートの声が徐々に快活さをなくしている。それでも、なんとか冷静さを装おうとしているのがうかがわれた。
〈そうだとすると、誰が、どんなシナリオを書いたというんだ〉
「僕がハーバードで書いた論文について知っているのはおまえだけだ。その論文を国務省の上司に見せ、彼が何らかの方法で村津参事官の目にとまるようにした」
〈なんのためにそんなことを〉
「バタフライ効果だ」
〈もっと分かりやすく話してほしいね。話を複雑にしたがる。これも日本人の癖だ〉
「東京が地震で破壊され、日本経済がどん底に落ちることになれば、第一にダメージを受けるのはアメリカだ。日本はアメリカ国債売却に走らざるを得なくなり、中国資本が日本に流入し、日本の血を吸った中国はますます巨大化していく。すでにアメリカの手に負えなくなっているところに、これ以上巨大化するとアメリカが呑み込まれかねない。そんな事態が、日本に何か事があれば現実のものとなる。アメリカはなんとしてもそんな事態になることは避けなければならない」
〈同盟国がデフォルトするなど歓迎できないからね。全力を尽くすさ〉
「今回は尽くしすぎた。特に裏からね」
〈すべてがうまく収まりつつある。波風を立てることもないだろ〉
「僕だってそう思ってる。しかし孫悟空もいつまでも庇護者の手のひらを飛んでいるわけじゃない」
『西遊記』は森嶋がロバートに読むよう勧めた本だ。
〈そろそろ搭乗の時間だ。面白い話を聞かせもらった。機内でよく考えるよ〉
背後で〈ファースト・クラスのお客様は搭乗準備が出来ております。急ぎ──〉というアナウンスが聞こえる。ロバートの横には誰かいる気配がする。女性だ。
〈グッド・ラック〉
ロバートの声が聞こえて携帯電話は切れた。