次に考えられるのは、全国の28地裁で今後も続く訴訟、そして全国の8高裁で闘われる控訴審、さらに最高裁判決へと至る道筋の中における国側の戦略である。合計で約40のポイントが存在する訴訟を将棋に例えると、最初の地裁判決は、「歩」の最初の1個の進め方のようなものである。相手の立場からは、「ここで、理由はなんでもいいからボロボロに負かしておこう」という戦略は「アリ」なのかもしれない。しかし、行政訴訟に取り組んでいるO弁護士に聞くと、「戦略的に酷い判決を」ということは考えにくいという。

「あくまでも、判決は各裁判体(今回の名古屋地裁では裁判官3名)が作ります。裁判所間で情報共有をしていることはありません。事件によっては、司法研修所での勉強会を通じて情報の共有が行われることもあると聞いています。原発については、裁判官の会合が開かれて方針が共有されたような話もあります。今回の生活保護の訴訟で、そのような情報共有が行われていたかどうかは、わかりません。もしかすると、情報開示請求などで出てくるかもしれませんが」(O弁護士)

 O弁護士が「聞いています」「話もあります」「かもしれません」としか言えないのは、そのような勉強会や会合の存在は公表されていないからだ。稀に、裁判資料で存在が判明する事例もあるが、総数や全体像は全く不明だ。

裁判所の人事が忖度ならば
公正な裁判を期待できるのか

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 そして、今回の名古屋地裁の裁判体は裁判官3名から成っていたが、うち1名は判決前に、最高裁の調査官として異動し、裁判官のエリートコースを歩んでいる。

「最高裁は露骨な介入はしませんが、人事でコントロールしているのだと思います。名古屋地裁の裁判官は、そういう意味で“踏み外さない”判決を書いたのだと思います」(O弁護士)

 つまり、“忖度”なのである。

 裁判官は、選挙で選ばれるわけではない。最高裁裁判官の国民審査は、衆議院選挙と同時に行われるが、不信任となった裁判官はいない。“忖度マシン”と言うべき裁判所の人事システムに対して、現在のところ、市民にできることはない。そして、もしも紛争や事件に巻き込まれ、原告や被告となる時、私たちを裁くのはこのような司法なのだ。

(フリーランス・ライター みわよしこ)