地球は小さくなった。それは、デジタル技術の進歩とインターネットの世界的普及──ユビキタスの実現である──によって、テレコミュニケーションという言葉は死語になり、何万キロメートルも離れた人たちと秒単位でつながれるようになったからにほかならない。しかし一方で、情報洪水による「選択の不自由」という便利害が生じている。
その最たるものが、根拠や確証に乏しい予測や主張、一知半解や半分本当(ハーフトゥルース)の説明などである。インフルエンサーといわれる人たちがこうしたメッセージを発すると、ハロー効果が誘発されやすく、まことしやかさが増幅される。社会学者のロバート・キング・マートンが「予言の自己成就」と名付けた現象があるが、すなわち「最初の誤った状況の規定が新たな行動を喚起し、その行動が当初の誤った考えを真実なものにする」という。
困ったことに、こうした根拠の怪しげな予測や主張の多くが「悲観論」である。それは、いたずらに人々の不安や危機感を煽り、当事者や関係者たちの士気を下げる。また、株式市場や消費者などの心理にも累を及ぼす。世の中、悲観論と楽観論が入り乱れているが、歴史的に見ると、悲観論に勝利はない。
数十年にわたって、ものづくりの現場を歩き続ける経営研究のフィールドスマートである藤本隆宏氏は、とりわけ日本経済や日本製造業に関するこうした怪しげな予測や主張を耳にするたび、それに反論や批判を試み、努めて正しい理解を促している。本インタビューでは、そのまま放置しておけない怪しい論説について、藤本氏の解説を聞く。
根拠に乏しい
怪しげな主張に反論する
編集部(以下青文字):1990年代初頭、バブル経済がはじけて以来、日本経済や日本企業を悲観する論調が続いており、依然として優勢です。本当にそうなのでしょうか。眉に唾をつけなければならない話のほうが多いのではないでしょうか。
藤本(以下略):いまに始まったことではありませんが、実証的な根拠に乏しく、論理的にもおかしな主張や議論が相変わらず散見されます。現在はデジタル化の時代と信じられていますから、その方向から日本製造業やものづくりへの悲観論が出てきやすい。
それでなくても、いまは短い言葉が力を持つインターネットの時代ですから、インパクトのある流行り言葉が、本来それを支えていたはずのデータや理論や現実から遊離して一人歩きをする傾向があります。しかも、そうした流行語を脈絡なく並べただけでも、その言説はそれなりの影響力を持ってしまいます。しかし、それらはデータも論理も現実も踏み外した暴論の可能性があります。
こうした時代に、「何となく何でもダメ」という根拠のない悲観論が流布すると、改革しようにも、どこから手をつけてよいのかわからなくなり、結果として、製造・生産の現場で働く人たちや、あるいは経営者や産業政策に関わる行政官たちの士気を不用意に低下させるだけでなく、製造業を基幹産業としている日本の各地域に無用な不安を与えたり、時には間違った方向へと招いたりするおそれがあります。現場・現実の正しい理解に基づく、方向性のはっきりした危機意識はむろん必要ですが、流行り言葉をとりあえず並べただけの安易な悲観論は、百害あって一利なしです。
その中でも、悪影響を及ぼしかねない「怪しい主張」をいくつか指摘し、現場の知見や実態、各種統計、経済学や産業組織論の理論を用いて反駁したいと考えています。結局のところ、明るい日本経済を手にするための、正常な危機意識を伴う「慎重な楽観論」を語ることになると思います。